リチャード・ハルという作家は、長編ミステリー15作を発表しながら、邦訳されたのは3作だけ。
1935年 伯母殺人事件
1935年 他言は無用(本書)
1938年 善意の殺人
「伯母殺人事件」はデビュー作ながら、大きなセンセーションを巻き起こした作品で、いまでもミステリーベストの常連だが、実は僕は読めていない。学生時代創元推理文庫を読み漁ったのだが、そのころには絶版になっていて「名のみ知られた名作」となっていた。後に再版されたかもしれないが、僕はまだ巡り会えていない。第二作の本書はしばらく前に買って「伯母殺人事件」の次に読もうと思っていたのだが、それが見つからない。辛抱できなくなって読むことにした。
舞台はロンドンの社交界、ホワイトホール・クラブ。豪華本・家具・調度・食材・ドリンク類が揃った、上流階級のためのクラブである。ロンドン一の美食が堪能できると評判のクラブの幹事(支配人のようなもの)フォードは困っていた。先日鼻つまみ者会員のモリソンが、スフレを食べて急死。料理長が持っていた外傷用の軟膏が、間違って食材に入り込んだせいかもしれない。フォードと医師会員のアンストラザーは「心機能障害」の自然死として本件を隠ぺいするのだが、何者かがそれを察知しフォードに脅迫文を送ってきているのだ。
要求自身は他愛もないものが多い。最初は「木曜日のメインはタラの丸揚げにしろ」と言われ、フォードは屈服はしないとの意志を込めて「タラの切り身揚げ」にした。続いては、
・ブリキのお盆が古すぎる。新しく木製にしろ。
・掛け時計が2分進んでいるから直せ。
などと言ってくる。やがて脅迫者はクラブの運営にも口を出し、
・図書室の書籍が確実に戻ってくる方策を考えろ。
・委員会で機能していないものを廃止するなど再編しろ。
という。確かに豪華本が消える事件は多発していたし、委員会は形骸化している。フォードが対策をためらううち、モリソンの敵役だった会員がまたクラブ内で急死した。最初は通常のミステリー調なのだが、途中で殺人犯人が現れて倒叙ものになってしまう。しかもそのまま、倒叙ものの常識で終わらないのは作者の「技巧派」たるゆえん。
とても面白く、上流階級や社交界を皮肉るブッラク・ユーモアが満載でした。これはどうしても「幻のデビュー作」を探さないといけないようです。