新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

暗号はとても面白いが

 ミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーは怪奇もの、スパイもの、実録もの、密室、本格ものなど多くのジャンルに足跡を残した。暗号ものの元祖「黄金虫」もそのひとつ。コナン・ドイルも「踊る人形」という暗号ものを書いている。これらは、通常の文字を別の記号/符号などで置き換えたもの(置換法)で、英語であれば出現頻度の高い文字 "e" を追いかけ、これを含む単語 "the" を特定することで解読の糸口が得られる。

        f:id:nicky-akira:20190427201109p:plain

 
 アレクサンダー大王時代に通信したい2人が同じ太さの棒を持ち、紙片をこの棒に巻いた時にだけメッセージが現れることをしたというが、暗号の歴史は古い。興味深いテーマではあるのだが、暗号解読が難しすぎれば読者が理解できず、簡単すぎればかえりみられないという作者にとっては難しいものだ。
 
 それゆえスパイものとして暗号機密(例:エニグマ)を奪い合うような話でしか、暗号は扱われなくなってしまった。そんな風潮に、敢然と挑戦したのが本書である。美緒&壮ものでアリバイ崩しなどを発表していた作者だが、理系探偵(数学者)黒江壮の創造主である彼も理系出身である。本書は製薬会社の後継者争いを、DNAを解析したガンの特効薬開発をからめた話である。
 
 一代で巨大製薬会社「朋友薬品」を打ち立てた友野老人だが、息子の病気や孫の事故死で残った孫の章一郎(大学の薬学部講師)に望みを託していた。ところが彼が公園で撲殺されて苦境に立つ。警察は被害者の周りにいる朋友薬品幹部や大学関係者に犯人がいるとみて、捜査を開始する。そこで突然登場するのが「天地子我」の4種の文字が並ぶ177文字の暗号文。どうも事件の真犯人を名指ししているようだが、解読は(読者も含めて)難航する。
 
 暗号を書いて警察に送ったらしい男も殺され、さらに連続殺人は続く。暗号の方は、この4種の文字がDNAの塩基配列 "ATGC" に相当することが分かって解読に近づいてゆく。
 
 暗号の出来は出色で、解読プロセスも面白かった。しかしこれだけでは短編にしかならない。作者は連続殺人事件にからめて捜査陣とその背後にいる読者に暗号を解かせようとする。暗号は解けて犯人の名前はわかるのだが、それが無くても犯人は検挙できたように思う。殺人捜査と暗号解読の関係に必然性がなく、折角の暗号が浮いてしまいました。やはり、暗号ものの長編は難しい、と改めて思いました。