新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

隅田川の屍体、1945

 壮&美緒シリーズで有名な作家、深谷忠記。おおむね2作に1作はこの2人がレギュラーを務め旅情も盛り込んだシリーズだが、残りは単発ものである。読者が読みやすいのはシリーズもの、ごひいきの探偵が出てきてある程度ワンパターンな展開になる「安心感」である。作者の側からは、仮に売れたとしても自分の挑戦には限界があるので単発ものも捨てがたい。この作者の「半分戦略」は理にかなっている。

 

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 冒頭、二人の男が隅田川沿いで殺し、殺されることになる。驚いたことに、その時点で両者とも名前が記されているのだ。そして第一章に入り、1980年の時点で隅田川に浮いた刺殺体の事件の捜査が始まる。被害者に交友関係はほとんどなくその過去は厚いベールに包まれていた。しかし1945年までさかのぼると彼と帝都大学の同級生だった2人の男、それに女子高生の名前が浮かんでくる。

 

 同級生の一人は戦争中に死んだことになっているからもうひとりに容疑が掛かり、調べてみると1年前に彼も刺殺されていることがわかる。佐賀県議会議員だった彼は、戦後の混乱期に悪行で財を成したようで評判は良くない。彼を殺したかった奴は「掃いて捨てるほど」いるらしい。しかし隅田川の被害者の方は、離れて暮らす息子がいるだけ。人間関係が全くなく、両方の事件は迷宮入りとなってしまう。

 

 隅田川の事件から殺人事件の時効が成立した15年後、戦後50年になって被害者の息子が当時の捜査官に届けてきた被害者の手記から、事件はふたたび廻り始める。戦中の帝都(東京?)大学生が迫りくる徴兵にどう対応したかや、「一億火の玉」をスローガンに無謀な戦争を続ける政府への反感と諦観がヴィヴィッドに描かれている。特に3月10日夜の「東京大空襲」で3人の大学生と一人の女子高生の家族や町が焦土にされ、隅田川が死体で埋まる光景は涙を誘う。

 

 それから50年の間に4人の若者の運命がどう交錯したのか、そのプロットそのものにトリックが隠されている。書評にもあるように、当代一の読み手という佐野洋が高い評価を与えたという本書、確かに作者有数の傑作であることは疑いありませんね。