以前「蜀の巻」を紹介した柘植久慶の「逆撃シリーズ三国志編」、本書はその「魏の巻」である。日本人が知っているこの時代の中国は「三国志演義」が基になっているので、魏の国の曹操は悪役として認知されている。
しかし判官びいきな「演義」と違い、正史「三国志」や歴史家の視点も加えた陳舜臣の「秘本三国志」を読むと、曹操は武将としても政治家としても立派な人物だったことがわかる。
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今回作者の分身御厨太郎は、西暦200年の「官渡の戦い」の直前に、曹操軍陣営に降臨する。この時点では魏の曹操は有力豪族の一人ではあるが、さほどの兵力を持っていたわけではない。黄河の南「許」を拠点に、北方の袁紹の勢力をにらみ合っていた。袁紹軍は十万弱、二万強を集めたとはいえ曹操には強大な敵だ。劉備玄徳などは、袁紹麾下の一武将に過ぎない。
史実でも寡兵である曹操軍が、烏巣にある袁紹軍の補給基地を叩くことで圧勝している。袁紹自身が愚将で、有能な部下はたくさんいるのだが次々に裏切って曹操についたというのが敗因である。この戦いで一気に衰退した袁一族は、袁紹の死後も身内の紛争に明け暮れ、曹操への人材補給基地になってしまう。
中原を制覇した曹操は荊州から呉の国に侵攻、史実では「赤壁の戦い」で完敗して天下統一の夢を阻まれた。曹操が病死する時、呉の孫権は優秀な武将を持って健在だし、玄徳は益州を獲って蜀の国を建てている。この時点で三国は「魏:呉:蜀=65:25:10」ほどの国力比だったと思われる。
今回御厨の狙いは、曹操の寿命があるうちの天下統一。そのためには「赤壁の戦い」で勝利しなくてはならない。荊州での玄徳軍撃破は史実通りにいくとしても、北方の兵士が多い曹操軍に南方の亜熱帯気候や疫病対策が重要になる。さらに揚子江に勢力を張る関羽の水軍、呉の強力な水軍対策も考えなくてはいけない。
作者は古今東西の戦争・戦闘・戦術・戦略に加え、兵器の技術・自然との闘い・兵士の心理や士気など膨大な知識を持っている。このシリーズはそれを読みやすい架空戦記の形で記したもの。普段は堅苦しい戦史本など読んでいる人も、時々息抜きに読むには適当だと思います。