新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

講談ではない「三国志」

 日本人になじみのある「三国志」というのは、正史ではなく後年編纂された「三国志演義」をベースにしているものが多い。「演義」では、主人公は三国中最大の国「魏」を作った曹操ではなく、最初に滅んだ国「蜀」の劉備とその仲間たちである。

 
 従って、劉備は徹底的に徳の高い人、関羽は義に厚い人、諸葛亮は天才軍師・政治家として知られるようになった。しかしその実像はと言えば、劉備は6回以上も主を変えた「さすらいの傭兵隊長」のような人物で、最後は益州(今の四川省)を乗っ取って「蜀」を立てたが、乱暴狼藉もしたし陰謀も得意だったらしい。

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 義に厚いので商売の神様「関帝」として祀られている関羽も、ただの力任せの豪傑という。諸葛亮孔明)は「演義」では、風向きを変える妖術まで使うが、優秀な官僚・政治家以上のものではなかった。三国志演義は、諸葛亮の死(秋風五丈原)で終了するが、正史はこのあとも続き蜀の滅亡、呉の滅亡、残った魏も身内の司馬氏が立てた「晋」に取って代わられるところまで描いている。
 
 昔正史を全部読んだことがあるが、確かに終盤1/4くらいはエネルギーの低下が感じられた。それに、翻訳調なので読みづらく、読み物として面白いかと言われると疑問が残った。そこで今回読んでみたのが、陳舜臣の手になる「秘本三国志」。中国の歴史(全7巻)や小説十八史略(全6巻)を読んだことがあって、その知識や表現に敬服していたので、有名な三国志をどのように解釈・評価したのか興味があった。
 
 少し諸葛亮が天才的に書かれているように思うが、「演義」で徹底的に悪者扱いされている曹操の人柄や才能は正当に書かれていた。作中、各章の終わりに「作者曰く・・・」という短い注釈があって、その章のエピソードについて作者の(小説として)描き切れなかったことが書いてある。その中で「演義」は「講談」であって、勧善懲悪と面白おかしくするための編集が入って史実を曲げていると断じている。
 
 作者はミステリーも多く書いているが、本編でも大胆な推理で「曹操劉備の秘密同盟」説を採っている。天下分け目の決戦として知られる「官渡の戦い」、袁紹軍10万に対し曹操軍1万。袁紹軍には客将として劉備が加わり曹操軍には関羽が居た。
 
 人を見ることに巧みで人を遇する曹操に対し、わがままおぼっちゃまの袁紹の人望は薄く、寝返る将軍や参謀が相次いて袁紹は敗れるのだが、それも劉備曹操の秘密同盟があったからというのが作者の考えである。正史よりはずっと読みやすく、演義のように馬鹿げてもいない。全6巻、あっという間に読み終わりました。