新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

チャーチル誘拐作戦、1943

 本書は、恐らくはジャック・ヒギンズ最高の傑作と思われる。1975年に出版された後、削除されていたエピソードを加えて1982年に再版されている。本書は再版版の翻訳である。空挺部隊第二次世界大戦で登場した新しい兵種、敵陣深く侵攻でき軽装備ながら厳しい訓練で高い戦闘力を誇る。反面敵中に孤立しやすく、敗れた場合は全滅も覚悟しなくてはいけない。その光と影は、先日見た映画「The Bridge Too Far」に明示されていた。

 

 1943年イタリアが連合国に降伏し、枢軸軍の旗色は悪くなっていた。しかしヒトラーは、盟友ムッソリーニを空挺奇襲部隊で幽閉場所から奪還するという作戦の成功に狂喜した。そして口走ったのが「チャーチルを同様に誘拐できないか」という言葉。ヒムラーやカナリス提督も本気にしなかったが、「やっているふり」はしようと検討を始めたところ、ひとつのチャンスが見えてきた。

 

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 カナリスのスパイ網が、チャーチルがある週末ノーフォーク沿岸の寒村に泊まることを知らせてきたのだ。誘拐作戦実行のために集められたのは、

 

・歴戦の空挺指揮官だが、ナチスに反抗的なので懲罰部隊にいるシュタイナ中佐

・中佐に忠誠を誓って、命がけの任務に就いている20人ほどの空挺隊員

アメリカ空軍から拿捕したダコタ輸送機

・イギリス空挺師団の制服、兵器(ステンガン!)、パラシュート等

・ドイツにいたIRAの闘士デブリンと自由イギリス軍のプレストン少尉

 

 などである。シュタイナ中佐はドイツ軍人の父とアメリカ人の母を持ち、ロンドンで大学時代まで過ごしている。英語が不自由な兵士も多いが、ポーランド人空挺隊(上記映画ではジーン・ハックマンが指揮官の旅団が登場する)と偽って潜入する。

 

 600ページ近い大作だが、ナチスの内部腐敗や幹部の相克、イギリスと言う国の多民族性とある種の閉鎖性、シュタイナ空挺隊の絆などなど見どころは盛りだくさんで飽きさせない。英独のパラシュートの構造上の違いや安っぽい兵器と思われたステンガン(短機関銃)の意外な強みなど、マニアックな知識も散りばめられている。

 

 ち密な情報収集と準備、デブリンやシュタイナ隊の果敢な行動があって、誘拐作戦は成功一歩手前まで行くのだが・・・。恐らく35年ほど前に読んだ時は「完全版」ではなかったはず。改めて読み直してみて、傑作であることを再認識しました。