新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

Scilly諸島での冒険譚

 アンドリュー・ガーヴは、本格ミステリー「ヒルダよ眠れ」でデビューした。被害者ヒルダは良妻賢母だった、なぜ殺されたのか?この謎を追う探偵役の前で、被害者のイメージが崩れていく過程がとても面白いサスペンス調の作品だった。

 

 しかし作者はその後、本格ミステリーからは離れ冒険譚に軸足を移していった。ある評論家が「とにかく沼とジャングルが好きな作者」だと言うように、デビュー作は登竜門として本格を書いたが、デビューを果たした後は本当に好きなものを書くようになったようだ。

 

 本書(1954年発表)は、作者の8作目。沼とジャングルではないが、グレート・ブリテン島の南西の海に浮かぶScilly諸島が舞台である。本書の扉を開けると、表題のサムスン島を含むいくつかの島の形状と位置関係が示されている。実在の島々で、本土のペンザンスから飛行機で1時間、船で半日の行程である。

 

        f:id:nicky-akira:20191211215617j:plain

 

 人口も少ない辺境の地で漁業が中心、これまで所得税が免除されていたのだが、中央政府がついに所得税を課すというので本土からジャーナリストが取材に集まってきた。そんな騒ぎの中サムスン島の遺跡発掘をしようと、「わたし」ことジョン・レイヴァリイもやってきていた。

 

 レイヴァリイは島のパブで、ベテランジャーナリストであるロルフとその美しく若い妻オリヴィアと知り合う。彼はオリヴィアの求めに応じてトレスコ島の奇岩地帯を案内するのだが、2人の仲を疑ったロルフに襲われる。ロルフはレイヴァリイを殴った後、崖から転落して行方不明になってしまう。

 

 事故と思われたのだがロルフに高額の保険金が掛かっていたことから、警察はレイヴァリイとオリヴィアの共謀による謀殺を疑ってくる。疑いを晴らそうと友人ジョージの助けを借りて捜査を始めるレイヴァリイの前で、オリヴィアの貞淑な妻としてのイメージが崩れていく。このあたり「ヒルダよ眠れ」にも通じるサスペンスである。

 

 Scilly諸島の自然描写が素晴らしく、自然の危険な一面も十分に書き込まれている。レイヴァリイは奇岩地帯の洞窟に閉じ込められ、海水で溺れそうになる。ミステリーとして読むと底が浅いのだが、レイヴァリイ青年の冒険譚とするならば面白い。なるほどガーヴの書きたかったことはこれかと理解しました。