新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

事件÷推理=解決

 以前「千草検事シリーズ:影の告発」を紹介した、土屋隆夫のデビュー長編が本書(1957年発表)である。決して多作家ではないが、印象に残る本格ミステリーを何冊も残した。ミステリー評論でも名高い作者自身が、「その作家のことを知ろうと思えば、デビュー作を読むことだ」と言っているように、僕は「天狗の面」を探し続けていて先日平塚のBook-offで見つけていた。

 

 表紙に「新装版」とあるように、どうも長らく絶版になっていたようだ。ずいぶん分厚いなと思ったら、7編の短編と合本されていた。「天狗の面」そのものは270ページ弱の長編としては短いものだ。

 

 長野県の田舎町牛伏村には、天狗伝説が残っている。いわく付きの生まれで不器量な娘おりんは、40歳になっても独身だが「天狗堂」と称される家に住み、怪しげな術を使うという噂もある。村には村議会議員選挙が近づいていて、富裕な農家の主で議員候補のひとりである市助が、天狗講の集まりでお茶を飲んで苦しみだし、「天狗の水」を飲んで痛みを和らげようとしたが功なく、血を吐いて死んでしまう。

 

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 解剖結果は農薬パラチオンによる中毒死だが、市助自身が持ってきた茶わんで他の人も飲んだポットから自身が注いで飲んでいる。自分で毒を入れた気配もないということで、読者にはディクスン・カーばりの不可能犯罪が突き付けられる。もちろん駐在の土田巡査はじめ、警察はお手上げになってしまう。

 

 後日村にやってきた探偵役の小説家白上矢太郎は、江戸川乱歩の「毒殺類型」を引用し自身のアイデアも加えて「毒殺講義」をする。短編「イギリス製ろ過機」やクリスティの長編のネタバレに近い記述もあってハラハラするが、作者の欧米ミステリーへの愛着はよくわかる。さらに2人の死者が出たところで白上が村に再訪して事件を解決するのだが、作者の「事件÷推理=解決で余りが出ないこと」をミステリーの条件としている思想が貫かれたデビュー作となっている。

 

 名探偵白上の登場や紹介のされかた、途中にでてくる作者のコメント様の部分など気になる点はあるもののが、上記数式を絶対のものとして(謎の)隅々まで気を配った姿勢は見事だと思いました。