新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

古代ケルトの「ブレホン法典」

 7世紀のアイルランド、そこは非常に人道的な法体系が整備され、市民が権利を主張できる公正な裁きの場があったと本書は紹介している。当時のアイルランドケルト人の国家だった。多くの部族が緩やかな連携を保っていて、外来の侵略者があればこれと共同して戦うこともあった。何より部族に共通していたのが、古代とは思えない法制度。「ブレホン法典」を修めた法学者が、公正な裁きを行っていたという。

 

 ピーター・トレメインの「修道女フィデルマ」シリーズの5作目が本書(1997年発表)だが、日本語版が出版されたのは本書が最初である。マンスター地方を治めている王の妹で、修道女でもあり法学者でもある美女フィデルマが主人公。物語はマンスター地方の中心都市リス・ヴォールの法廷で始まる。隣接するアラグリン地区からやってきた農場主とその甥が争う裁判を、フィデルマが裁く。農場主は甥を奴隷のように使役していて、甥は正当な農地の分与を求めて訴え出たのだ。

 

 フィデルマは農場主の無法を暴き甥の訴えを認めるのだが、そこにアラグリン地区の族長が殺害されナイフを持った三重苦の男が捕まったとの知らせが入る。アラグリン地区には適切な法学者がおらず、フィデルマはサクソン人の修道士エイダルフを伴って事件解決に派遣される。

 

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 出没する家畜泥棒、宿屋を襲撃する集団、山奥の洞窟に集まる不逞の輩にアラグリンの族長一家の複雑な人間関係がからんで、事件は混とんとしてくる。さらに新興宗教キリスト教が普及し始めていて、古代の宗教とのあつれきも見られる。三重苦の青年の無実を信じて彼の証言を得ようとするシーンが印象的だ。

 

 上下巻約600ページに20ページ以上の脚注がついて当時の言葉、宗教、風習などを参照することができる。この点を含めて古代ケルト文明にどっぷり浸れる書である。その上本格ミステリーであり、最後は関係者を族長の城(ラーという)に集めてフィデルマが推理を順々に語りながら犯人を指名する古典的なスタイルでもある。このシリーズ、とても面白いですね。もっと探してきましょう。