以前泡坂妻夫の「亜愛一郎の狼狽」を紹介したが、本書はその時代劇版。時代設定は幕末なのでもちろん愛一郎は登場せず、その祖先と思われる亜智一郎が主人公である。第13代将軍家定と第14代将軍家茂には、直属の隠密部隊「雲見番」がいたという設定。天候・気象を見るため江戸城雲見櫓に詰めている男たちを、太平に慣れて今は名ばかりとなった御庭番に代わって隠密にしたのが家定の側近鈴木阿波守。選ばれたのが、
番頭 亜智一郎 頭脳明晰、眉目秀麗、特技は逃げ足
古山奈津之助 全身に普賢菩薩を彫った怪力男
緋熊重太郎 遠目の効く優男、遊郭など江戸の町に詳しい
の4人。智一郎と重太郎がインテリ部門で、あとの二人が戦闘部門というわけ。本書の7編の短編の最初「雲見番拝命」で全員が紹介されるのだが、同時に家定暗殺を4人が未然に防ぐという活躍をする。
以降、おおむね1年1作のペースで作中の時代も進んでゆき、家定の死後家茂が当主となっても体制は変わらない。その間、実際に起きたさまざまな事件を絡めて雲見番の活躍が描かれる。
ほんの些細なことから智一郎や重太郎が事件の芽を探り出し、奈津之助と猛蔵が実力行使をして事件を解決するパターンで、和宮降嫁や井伊大老暗殺などの歴史の裏面を紹介してくれる。
雲見番編成のきっかけとなったのは、安政の大地震。智一郎は(どうやってかは分からないが)地震を予知して将軍を避難所にかくまう。他の短編でも「地震時計」なる予知機械が登場してくる。解説は江戸時代に西洋のテクノロジーが入ってくると同時に、合理性が輸入されたことを表わしているのだという。
それにしても作者の博識なことは拍手もので、高名な奇術者であることだけではなく紋章上書師でもあるらしい。毛利家の提灯に似せたものを持って登場する暗殺者が、紋章の微かな違いで見破られるシーンなどは微笑ましい。また「ばら印籠」という小道具も面白かった。
本書は「亜愛一郎のXX」の別冊のようなものだが、特に作者の歴史への造詣をたっぷりのユーモアでくるんだ好短編集でした。