新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

事件関係者のさまざまな嘘

 本書(1940年発表)は女王アガサ・クリスティーの「ポワロもの」の1冊。1920年「スタイルズ荘の怪事件」でデビューした英語の怪しいベルギー人探偵ポワロは、派手なトリックを暴きや意外な犯人を名指しして15年ばかりを過ごした。しかし1930年代後半から、じっくり関係者から事情聴取して心理推理を前面に押し出すスタイルに変ってきていた。本書は、その特徴が非常によく出た作品である。

 

 豪邸ハンターベリーに住むウェルマン家の未亡人ローラは、脳卒中の発作を起こし体が不自由になっていた。唯一の血縁者である姪のエリノアと、血のつながりはないが亡夫の甥にあたるロディーが駆け付けて来てくれた。この2人幼いころから仲が良く、今は婚約中だ。しかしローラが目をかけていた門番の娘メアリイがドイツから帰国したことで、2人の仲にヒビが入る。やはり幼いころから一緒に育ったメアリイだが、大輪のバラのような美女に成長していたのだ。

 

        f:id:nicky-akira:20210507205403j:plain

 

 メアリイに傾くロディーを見たエリノアは婚約を解消、しかしそこでローラが再度の発作に襲われエリノアや2人の看護婦の看病むなしく亡くなってしまう。ローラの遺産を受け継ぐエリノアは、ハンターベリーを売りに出し遺品を整理し始める。やはり自身の品を整理に来たメアリイと看護婦と3人で昼食を摂っていたところ、メアリイが苦しみだして死んでしまった。死因はモルヒネ中毒。毒が入っていたと思われるサンドイッチはエリノアが自分で材料を買い、作ったものだった。

 

 事件はロディーを奪われたエリノアの嫉妬による殺人とされ、エリノアは無実を訴えながらも裁判にかけられることに。検察はエリノア以外に機会のある人間はいないことを証明しようとする。(和歌山毒入りカレー事件を思い出させる)

 

 エリノアの無実を信じる人物の依頼で事件に介入したポワロは、すべての関係者に個別に会って真相を探ろうとする。各章は一人の関係者との会話で区切られていて、アクションらしいものはカケラもない。ひとわたり聴取を終えたあとでポワロは「多くの皆さんは嘘をついているね」と打ち明ける。

 

 1940年の作品ながら、欧州大戦の記述はありません。メアリイらも平気でドイツ・イギリス間を往来しています。多分開戦前に書かれたものでしょう。