新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ペトラ遺跡での殺人事件

 アガサ・クリスティーは最初の夫アーチボルト・クリスティと離婚した後、14歳年下の考古学者マックス・マーロワンと再婚した。前夫との間に何があったのかはわからないが、失踪事件を起こすなど精神的に追い詰められて離婚に至ったようだ。二人目の夫は学者一筋の人だったようだが、専門ゆえ中東などに出かけることが多かった。妻のアガサもそれに帯同したらしい。

 

 そこでミステリーの女王の作品に、「旅行もの」が増えてくることになる。とはいえセント・メアリ・ミード村の老嬢ミス・マープルを中東に旅させるというのは無茶な話。(ロンドンへ遊びに行った話はある) これらの旅行ものの主人公はベルギー人私立探偵エルキュール・ポワロに委ねられることになる。

 

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 本書は第二次世界大戦直前の1938年発表、イスラエルからヨルダンにかけての地域が舞台となる。アメリカからやってきたのは、金持ちの未亡人ボイントン夫人とその家族たち。ところがこの未亡人、元は刑務所の看守だったようで、(血のつながらないものも含めて)子供たちやその配偶者を奴隷のように拘束する困った独裁者である。

 

 エルサレムの同じホテルにいたポワロは、ボイントン家の子供たちの誰かが「彼女を殺してしまわなくてはいけない。計画は・・・」と話しているのを漏れ聞いてしまう。ポワロを含めた一行は、死海の東ヨルダンのペトラ遺跡に移るのだが、そこでついにボイントン夫人が死体となって発見される。一家のものが遺跡見学にでかけ三々五々帰ってきた時、ひとりだけ離れたテントの下に座っていた。座ったまま死んでいたことから、いつの時点で死んだのかがわからない。

 

 ボイントン家の周りには、高名な心理学者、若い女医、ボイントン家と古い付き合いの実業家、英国議会の女性代議士などが出没し、「殺したい」動機を持った家族を含めてみんな怪しいと言えば怪しい。例によってポワロは関係者ひとりひとりから事情を聴き、心理的推理方法で真相に迫ろうとする。フランス人の心理学者ジェラール博士と、再三にわたって議論をすることで推理を補強しようとするのだが・・・。

 

 死海イスラエル側には行ったことがあり、ひどく暑く荒涼としたところだと体験している。多分対岸もそうだろう。十分な冷房設備もなかったペトラ遺跡に、心臓を病んだ老婦人が行けば命の危険もあったはず。夫のマーロワン博士と一緒に行ったであろうペトラ遺跡を舞台にした一編、面白かったのですが何もあんな暑いところに設定しなくても良かったのではないでしょうか。プロットはロンドン市内でも十分通用するものでした。