本書は2015年に発表された、日中戦争裏面の謀略史である。著者の黒田紘一氏のことは、1943年長野県生まれとある以外全く分からない。Bingで検索しても、本書の著者であること以上の情報はない。ただし巻末に挙げられた相当数の参考文献を見ても、ある程度信憑性のある書だと考える。
映画「トラ・トラ・トラ」の冒頭、近衛首相が「中国戦線は伸び切り、欧米の制裁が堪え始めている」とつぶやくシーンがある。朝鮮半島と満州一帯を一応治めた日本としては、主敵はソ連。なのになぜ中国戦線を拡大したのかは、戦略的疑問だった。その謎解きをしてくれたのが本書である。ポイントは、
・日中戦争の発端「盧溝橋事件」は、日本軍と国民党軍を戦わせる中国共産党の工作。
・「長征」後で弱った共産党が生き延びるには、両者を戦わせるしかなかった。
・ソ連共産党も、満州の日本軍を弱体化させる必要がありこの謀略を主導した。
・関東軍参謀石原中佐らは中国本土への侵攻を拒否したが、政府指令でやむなく派兵。
・日本政府も再三蒋介石と和解交渉を行ったが、ソ連共産党はこれを妨害した。
ということだ。
ソ連の戦略で、上記工作や妨害行為を直接行った人物を、本書は名指ししている。
ウクライナ、ドイツの混血。ドイツ共産党入党後、GRU(連邦軍参謀本部情報総局)に参加、日本で諜報活動・工作活動に携わる。
・尾崎秀実
東大法学部政治学科大学院時代、マルクス・レーニンを研究。朝日新聞入社後頭角を現し、近衛首相のブレーンとなる。
・風見章
証券会社・大阪朝日を経て信濃毎日新聞入り、主筆として「マルクス論」を連載。民政党国会議員となり近衛内閣で書記官長(現在の官房長官)。
前2人は第二次世界大戦中日本政府によって死刑となるも、最後の人物は戦後も国会議員を務め、対中ミッションの長として日中友好に寄与したとある。他にも周恩来の配下として蒋介石軍の弱点を日本軍に提供し続けた潘漢年の話、盧溝橋事件工作を直接指揮したという劉少奇の「自白」なども引用されている。
今に置き換えてみると、コミンテルンがプーチン、毛沢東が習大人で、日本はやはり両者の陰謀に留意しなくてはならないことがわかる。それにしても、GRUや朝日新聞など、当時の謀略に関係した機関が現存することには驚かされますね。