新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

東條対近衛、そして傀儡師

 「歴史探偵」と自称(他称?)する人は日本に何人かいるが、本書の作者保阪正康もそのひとり。学生時代は左翼系の闘士だったそうだが、ノンフィクション作家として太平洋戦争前からの軍部の行動について非常に厳しい目を持った人である。靖国神社についても批判的なことから、右翼団体からは毛嫌いされているという。

 

 本書は1942年夏から秋にかけてのあり得た日本の政変と、その後の展開を考えた「架空戦記」である。1942年6月、日本海軍はミッドウェーで主力空母4隻を失う大敗を喫した。作者は本書の前半でミッドウェー海戦までの史実を紹介し、後半でこの敗戦を契機に東條内閣を打倒、対英米終戦工作を行っていたらどうなっていたかを描いている。

 

 ミッドウェー海戦後、海軍は昭和天皇に空母4隻沈没を報告したが、東條首相は公式発表の「1隻沈没、1隻損傷」を信じていた。その間違いを、あろうことか天皇に指摘されて恐懼する。天皇はもともと開戦には反対、仮にやるとしても出口(終戦)をどうするか考えてやれと東條に言い渡している。

 

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 ここから歴史のIFが始まり、天皇の意をくんだ木戸内大臣が元英国大使の吉田茂を呼んで終戦工作を始める。吉田は米国のグルー大使始め、英米の要人に知己が多い。彼は開戦前に陸軍などに首相の座を追われた近衛文麿を担ぎ出すことにし、傀儡師として第四次近衛内閣での終戦工作を目指すことになる。

 

 海軍にはもともと英米相手に戦争ができると思っていた高官はほとんどいない。天皇の聖断があれば矛を退くだろう。問題は陸軍で、2・26事件以降勢力を握った「統制派」が東條大将を担いで「聖戦完遂」を叫んでいる。

 

 近衛と吉田は、すでに引退している「皇道派」の宇垣元大将を陸相にして陸軍を抑え込もうとする。吉田自身は近衛首相の下で副総理兼終戦担当大臣に就任するつもりだ。外堀を埋められて窮地に立った東條首相と、近衛次期首相の対決シーンが面白い。東條は「陸軍大臣現役武官でなくては務まらない規則だ」と宇垣陸相に反対するのだが近衛は「今は非常時と(第三次近衛内閣が倒れるときに)あなたがおっしゃった。その言葉をそっくり返しましょう」と突っぱねる。

 

 作者のちょっと都合がよすぎる展開で、聖断から和平へと話が進む。面白い「歴史探訪」だったのですが、欲を言えば第二次世界大戦後の冷戦時代に、軍部の残る日本がどう動くべきかを書いてほしかったですね。