新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

100万人の命を懸けたゲーム

 1972年発表の本書は、以前「アンドロメダ病原体」などを紹介した才人マイクル・クライトンが別名義(ジョン・ラング)で書いたサスペンススリラーである。作者は医師であるが本当に科学知識豊富な人で、本書にはメインフレーム時代のコンピュータをハッキングする話まで出てくる。わずか250ページ余りの中に、化学・物理学・計算機工学・医学・心理学などの情報が、たっぷり詰まった作品である。

 

 8月、共和党大会が行われている100万都市サンディエゴ。大統領が大会に参加するので、警備は厳重を極めている。当局が目を光らせている対象の一人が、大富豪のライトという男。鉄鋼一族に生まれた彼は、アル中の父親の暴力下で育った。数学は抜群だし他の学業も優れているのだが、賭博やゲームにのめり込む悪癖もある。金儲けはとてもうまく、莫大な財を成し有名女優ばかりと4度結婚し離婚。精神病院に入院していたこともある。50歳近くなって極右の政治活動を始め、最近はマフィアを始め怪しげな連中との交際がある。

 

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 ライトの監視を命じられているのが、国務省情報調査部のグレーブス。ロシア語ができることから陸軍から情報部にスカウトされたのが、この世界に入るきっかけ。60年代になってロシアより中国語/日本語の専門家が重用されるようになって、国内担当に移っている。情報部門担当者に行われる心理分析では、冷静沈着で優秀な捜査官だがゲームにのめり込む傾向があると評価されている。

 

 ライトは国防省のシステムに詳しい元軍人を雇って、システムからデータを盗み出す。それには「BINARY75/76」という化学兵器のものや、グレーブスら自分を監視している組織の情報も含まれていた。

 

 サンディエゴの住民や共和党幹部、大統領までを殺害する化学兵器の放出まで、わずか12時間。ゲーム好きという性向をもったライトとグレーブスの心理戦を軸に、ノンストップサスペンスが展開される。ライトを早く逮捕せよとの上司の指示を、グレーブスは受け入れない。逮捕くらいでテロが止まるはずはない、その程度は予期してライト手を打っているとグレーブスは思うのだ。

 

 大量破壊兵器の脅威とコンピュータのハッキングから生じた危機、この小説が50年もまえに書かれたとは信じられない作者の先見性でした。この後出てくるサスペンススリラーのお手本となった書のように思います。