新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

昭和22年夏、N村の事件

 先日高木彬光のデビュー作「刺青殺人事件」を紹介したが、評判の高かったこの作品を抑えて<探偵作家クラブ賞>を受賞したのが本書「不連続殺人事件」である。作者の坂口安吾は、新文学の旗手ともいわれた文壇の大家。「白痴」などの作品で知られているが、「安吾捕物帳」などミステリーにも足跡を残している。その代表作が本書で、解説は因縁ある高木彬光が書いている。

 

 この時期は戦争中の「英米文学禁止」の呪縛から解き放たれて、ミステリー作家が縦横に新作を発表していた。大家安吾もその流れに乗って、ひょっとすると洒落者の作者の事だから、ひとひねりもふたひねりもしたものを発表しようと取り組んだに違いない。

 

 舞台は、一番近い鉄道の駅から7里も離れたN村。6里は一日3往復あるバスで行けるが、残りは山道を歩く必要がある。しかしそこには富豪歌川家の大邸宅があり、戦時中は何人もの芸術家が疎開して暮らしていた。当主歌川多門は高齢だが、かつては十指に余る妾を囲っていたという豪のもの。長男の一馬も人妻との関係を繰り返し、お互い再婚の妻あやかと邸内で暮らしている。

 

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 そんな一馬が「かつての仲間たちをこの(昭和22年)夏に招待したい」と言いだして、作家の矢代(わたし)夫妻も招かれた。他にも文学者・劇作家・画家・詩人・女優などが呼ばれたのだが、矢代夫人も含めてかつてただならぬ関係にあった同士が「呉越同舟」することになる。あやかの前の夫も呼ばれるくらいなのだ。

 

 不思議な緊張感の中で始まる共同生活だが、中でも文壇の鼻つまみ者望月が全裸で刺殺されて、不連続な殺人事件の幕があがる。怪しげな登場人物がざっと20人、人間関係は別途図解しないと分からないほどだ。300ページ足らずの中で、8人もの犠牲者が出る。それも2人目以降は、しょっちゅう出入りする警察官がいる中での犯行だ。

 

 この作品は昭和22年から「日本小説」に連載されたもの。8人が殺された後1月の休載があり「読者への挑戦」が成されている。解説自身、この犯人当ては相当難しいと言っている。当然僕も当てられなかったのだが、このトリックは海外に先例がある。

 

 「刺青殺人事件」同様、戦中に溜まったミステリーマグマが、海外作品をヒントにして噴出した1作と見るべきだろう。それにしても短い割には、文章も含めて難解なミステリーでした。ちょっと疲れました。