新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

勝負師の心理学・哲学

 先月紹介した「麻雀放浪記」。これは実話をもとにしたフィクションだが、実際に「玄人(バイニン)」と呼ばれる世界で、20年間無敗の伝説を持つのが本書の著者桜井章一氏。どのような世界だったかは、上記フィクションを参照いただくとして、途方もない金額と、場合によっては命を懸けて牌を戦わせた人には、どのような世界観があるのか知りたくて本書を読み始めた。

 

 著者は裏世界の勝負から足を洗い、人生の教習所ともいうべき麻雀塾「雀鬼会」を発足して、若い人の育成に努めている。もちろん麻雀は教育の重要なツールだが、牌の捨て方に美醜が出るとして、牌を切る練習を繰り返させるという。切り方が美しくなれば麻雀への愛着も習熟もすすみ、人格も美しくなるということらしい。

 

 本書のタイトルは「人を見抜く技術」となっているが、米国のTVドラマに出てくる心理分析官のような「技術」の記述は少ない。例えば、

 

・過剰な羞恥心を持つと無理な力が体にかかる。両手の親指が反ることに表れる。

・無意識の揺れる動作は不安定の証、突然狂暴になることもあり得る。

 

 というようなものくらい。特に後者は、2009年発表当時話題になった秋葉原連続殺傷事件の犯人のことを指す。

 

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 裏社会から足を洗ってからは、立派な生き方をされている筆者だが、どうしても表舞台に立つ人たちへの視線は厳しい。曰く、

 

・情報や知識を詰め込んだ人間は、精神的にメタボ化する。

・結果至上主義の社会でのし上がった人に「正義感」などあるはずがない。

・内面からにじみ出るのがその人の資質、政治家にはこれを感じない。

 

 という具合。社会全体も資本主義で「儲けたやつが偉い」ものだから、損得ばかりを考えるようになり、儲けるため・偉くなるために親は「勉強しろ、いい学校へ行け、いい会社に就職しろ」と画一的な価値観を子供に示す。その結果、

 

・勝ち上がったものは傲慢になり、敗者を顧みない。

・過度に物事を恐れるあまり、引きこもってしまう人も出る。

 

 という社会構造になってしまったと、筆者は嘆く。推測だが、そんな競争社会に疲れた若者たちを「雀鬼塾」は再生させようとしているのかもしれない。

 

 「玄人」の世界で培った心理学・哲学、それなりに勉強になりました。インターネットのおかげで、社会がメタボ化したという批判には「そうじゃない、人類の進化だ」と申し上げたいですがね。