新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

雑誌掲載と書き下ろしを取り混ぜ

 本書は東野圭吾の「湯川学シリーズ」の短編集、第三巻。2011年に「文芸春秋」と「オール読物」に掲載された短編4編に、書き下ろしの3編を加えて2012年に単行本化されている。初期の頃にはもう1編「猛射る」が入っていたのだが、これは後に大幅に加筆修正されて単行本「禁断の魔術」として発行された関係で、本書からは外されている。

 

 2007年にTVドラマ「ガリレオ」の第一シーズンが放映されて、湯川・草薙の30男ペアに内海刑事(柴咲コウ)が加わった関係で、ほぼ全編に内海刑事も登場する。ちなみに内海⇒岸谷美砂(吉高由里子)の交代があったTVの第二シーズンは2013年なので、ここには彼女は登場しない。余談だが、僕はこのシリーズの「華」はやはり内海薫刑事がいいと思う。

 

 怪奇現象を科学技術で解明するというこのシリーズの魅力は、やはり短編で一番発揮されると再認識した。たださすがにネタも尽きてきたようで、中には「2012年現在このような機器が実用化されたという事実はない」と最後に脚注を入れた作品も存在する。もちろん、SFなのかミステリーなのかわからない種類の作品とは、ちゃんと一線をひいている科学考証はある。

 

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 面白かったのは「曲球る」という作品。引退を迫られるかつてのエース投手柳沢が、妻の殺人事件に巻き込まれる話だ。変化球のキレが衰えたのをどう回復するか、それが引退か否かの決め手になる。彼の専属トレーナーが、知り合いを通じて紹介してもらったのが湯川准教授。湯川は得意のバドミントンのシャトルを手に、変化球の講義をする。

 

 「バドミントンの球筋は、全部変化球なのです」

 

 と彼は言う。シャトルの羽根の開き具合で、球筋は必ず変化するということ。センサーを張ったシャトルで球筋のデジタル分析をしてみせた後、野球のボールにセンサーを付けて、柳沢に投げさせる。

 

 昨年のオリンピックでも、すべての競技にデジタル分析は活用されたという。中にはAIを使って作戦を立てた競技もある。湯川のこの実験、10年以上前なのに的確に時代を捉えている。殺人事件の本筋とは違うのだが「スポーツを科学する」視点が興味を惹いた。

 

 この「曲球る」も書き下ろし、雑誌に掲載されたものに比べて(なんとなく)自由度が高くなって、面白かったように思います。やはり雑誌の側からある程度の「枠」が設定されるのでしょうか?