新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

二人の天才の対決

 東野圭吾の「湯川助教授もの」の初長編が本書。2003年から「オール読物」に1年半にわたって連載されたものだ。単行本化(2005年)にあたり、題名を「容疑者Xの献身」と改めている。50~70ページほどの短編と違い、天才物理学者湯川学は、あっさり事件を解決するわけにはいかない。これは全ての本格ミステリー作家が悩むポイントである。

 

 そこで作者は、湯川の相手方としてもう一人の天才、数学者の石神を登場させる。湯川や刑事の草薙と同様帝都大学の同級生なのだが、数学科の大学院を修了後職場に恵まれず、私立高校の数学教師をしている。石神のアパートの隣室には、ホステス上がりのシングルマザー靖子が、中学生の娘美里と暮らしている。孤独な石神にとっては、靖子が務める弁当屋で「お任せ弁当」を買って帰るのが唯一の慰めだ。

 

 しかしある日、靖子の前の夫が突然訪ねて来て母子に危険が迫る。美里が頭部を殴り結局2人で絞め殺してしまったのだが、そこに石神がやってきて「あとは任せろ」と言う。石神の「数学脳」がフル回転し、彼は二重三重の偽装工作をして母子を守ろうとする。

 

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 その後顔を潰され指紋も焼かれた死体が見つかり、殺人事件の担当になったのが草薙。身元は直に割れ、靖子の前の夫富樫だと判明する。靖子に事情聴取をした草薙は、隣室の石神にも話を聞き、郵便受けの封書を見て自分と同窓だと気づく。

 

 例によって湯川を訪ねて事件の話をした草薙が、石神の名を言うと「何、石神?ダルマの石神か?」と湯川は驚く。彼こそは学生時代に、物理・数学の違いこそあれお互いに「天才」と認め合った友人だった。さらに湯川は事件の様相を聞き「もし工作をしている奴がいるなら、大変な強敵だ」とつぶやく。

 

 靖子母子を守るために石神が仕掛けたトリックは、驚天動地のものだ。しかし同じ「天才」の湯川は友情との板挟みになりながらも、それを見抜く。そして追い詰められた石神の採った作戦は・・・。倒叙と見せて本格ミステリーに転じる芸は見事である。

 

 映画化もされ、非常に面白いミステリーエンターティンメントになっているのだが、ちょっと不満がある。「天才対決」にしては、石神側にハンディが大きすぎる。湯川は官憲の支援もあり、時間の余裕も十二分にあった。できることなら石神教師に、平等なt立場で湯川助教授に闘いを挑ませてあげたかったです。