新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

旧ソ連の化学兵器

 本書は2020年に発表された、ロシアの作家セルゲイ・レベジェフのスパイスリラー。作者は地質学者で、ロシア北部や中央アジアでの現地調査を7年続けた後作家に転じた。詩人・エッセイスト・ジャーナリストでもあるという。作風としてはソ連崩壊やロシアの闇を描くことが多いので、現在も無事で活動できているかどうかは分からない。

 

 冒頭チェコに亡命していた旧ソ連の科学者が、暗殺されるシーンがある。彼は30年間「KGBの長い腕」を逃れて生きてきたのだが、目の色・顔かたち・体型などを変えるために「装具を付けて」いるような生活に疲れ切っていた。

 

 彼の死は、同じく亡命生活を送っている化学者カリチンの居所をKGBに知らせる結果になった。カリチンも旧ソ連崩壊時に、猛毒ながら痕跡を残さない<ニーオファイト>という化学物質を開発し、これを抱えてチェコに逃れた人物であった。カリチンの幼少時代からの記憶が断片的に綴られ、蛇と杯の記章を付けたソ連化学兵器部隊の実情が明示される。

 

        

 

 アフガニスタンで使うつもりの化学兵器の実験中、実験用のサルが逃げ出して近隣住民に被害が出る。それでもカリチンたちは、兵器の完成目指して研究を続ける。カリチンの妻も<ニーオファイト>に侵されて死ぬのだが、彼女は当局がカリチン監視に付けたスパイかもしれなかった。

 

 カリチン暗殺を指示されたのは、シュルシュネフ中佐。彼もソ連体制崩壊を経験し、後にチェチェンなどで戦っている。妻には去られ、息子ともうまくいかない。谷を埋め尽くしたチェチェン人の死体などのシーンが、頭から離れない。それでも使命で、配下のグレベニュク少佐と共にチェコに潜入する。

 

 もう一人、カリチンが住む教区の神父トラヴニチェフも、重い荷物を背負った男。長年、教区の情報を監視するミッションを続けてきた。治安当局に睨まれた時は、度重なる精神的な拷問を受けて、酒に溺れたこともある。

 

 シュルシュネフ中佐たちはチェコの入国トラブル、列車の手配ミス、道路の事故などに悩まされ計画が遅延する。彼らは「誰かが意図的に妨害している」ことを疑う。亡命科学者・暗殺者・神父の独白が織りなすように、物語は悲劇に向かう。

 

 ロシアの「選別収容所」など、最近メディアを賑わす言葉やシーンが満載です。勉強にはなりましたが、やはり作者の今が心配です。