新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

いっときだけの「家族」

 1983年発表の本書は、ミステリーが好きで後にはミステリー専門の書店まで経営するという傾倒を見せた女優ジェーン・デンティンガーの作品。ニューヨーク・ブロードウェーの演劇界を舞台にアラサー女優ジョスリン・オルークが探偵役を務めるシリーズの第一作である。

 

 作者の紹介を先にしておくと、ニューヨーク生まれで大学で演劇を学ぶ以前から子役として舞台を踏んでいたらしい。好きなミステリーと勝手知ったる演劇界を融合して、W・L・デアンドリアに「最良の演劇界ミステリー」と評させる作品群を発表している。

 

 ある日ジョスリンのところに代理人から、ブロードウェーで近く上演される「開廷期間」という舞台のオーディションを受けるよう電話がある。特に意識せず出かけた彼女は、そこで何人かの知り合いと出会う。この芝居、主演女優のハリエットは富豪の娘でわがままもの。集められた演出家・脚本家・舞台監督・美術監督・俳優も一癖も二癖もある人ばかり。

 

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 ジョスリンの役回りは、ハリエットが血栓症を患っていて万一舞台に立てなくなった時の臨時代理。それでもジョスリンは合格して、とりあえずの仕事にありつくことに。ただ過去にもハリエットとは因縁があり、ジョスリンの学生時代の先輩である脚本家のオースティンもハリエットとは仲が悪い。

 

 挙句ハリエットの息子ポールがLGBTで、たびたび顔を出して美術監督といちゃついたりする。当然リハーサルはうまくいかず、ジョスリンもハリエットと直接ぶつかってしまう。クビになるかなと思っていたジョスリンだが、ハリエットが殺されたことで微妙な立場に立つ。舞台は臨時代理でなく主演にジョスリンを配することで始めたいと監督たちがいうから、彼女には二重の動機があったことになる。しかしジョスリンに限らず動機を持った人物は関係者全部と言ってもよく、ニューヨーク市警の「切れ者」ジェラルド部長刑事は、彼女を使って関係者のうちわネタを探ろうとする。

 

 デアンドリアが評価するように立派な本格ミステリーで、かつブロードウェーという特異な世界を描いた面白い作品です。ジョスリンが最後に言う、「舞台と言うのはいっときの<家族>。集まって協力し合うけれど、終われば他人となって散っていく」という言葉が印象的でした。