新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ウィムジー卿を巡る女性たち

 本書は1930年発表の、ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジー卿ものの第五作。前作「ベローナクラブの不愉快な事件」より、第三作の「不自然な死」によく似た毒殺ものである。古来女流ミステリー作家には、毒殺ものが多い。アガサ・クリスティ第一次世界大戦中看護婦だった経験を生かして、毒殺を多用した。

 

 ウィムジー卿は本書で、砒素中毒に間違いはないのだが誰がどう飲ませたのか分からない事件を解決しようとする。きっかけは女流ミステリー作家ハリエットが以前の恋人フィリップを毒殺したとされる事件の裁判を傍聴したこと。

 

 フィリップはハリエットとの仲が壊れた以降、なんどか砒素中毒と思しき症状を呈するが、ついにある日亡くなった。その前日、彼は友人何人かで夕食を摂ったのだがどの料理も誰かとおなじものを食べているし、一人で呑んだワインからもベッドわきの水差しからも毒は検出されなかった。ハリエットのみが彼に毒を飲ませる機会があったと思われる。さらにハリエットが「ネズミ捕りに」と砒素を買った事実があって状況証拠は十分だった。

 

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 しかし陪審員たちは、頑として無罪を主張するハリエットに対して一致した評議を出すことができず、裁判は延期されてしまう。傍聴したウィムジー卿は、なんとハリエットに一目ぼれしてしまい。告野裁判までに彼女の無実を晴らすため、真犯人を見つけると意気込む。

 

 早速捜査にあたるのは、ウィムジー卿が自費で運営している「僕の猫舎」にいる老嬢たち。仕事に恵まれない戦争未亡人や独身女性らを集めた組織だ。まさに「ウィムジー卿のイレギュラーズ」である。これを束ねるクリスピン嬢は、第三作にも登場して卿を助けた。

 

 今回は、決定的な証拠をつかむためフィリップの大叔母にあたる資産家のもとに赴き、植物状態になった彼女の過去に書いただろう遺言書を探す。部下のマーチスン嬢も、容疑者のもとに潜入して「金庫破り」までしてのける。

 

 一方卿の妹レディ・メアリは、平民であるスコットランドヤードのパーカー主席警部と恋に落ち、結婚の運びとなる。ハリエットと卿のロマンスやいかに・・・というのが、真犯人がフィリップを毒殺したトリックと並行して読者を惹きつける。

 

 いかにも女流作家、というロマンス・ミステリーでした。特に卿を支える老嬢たちに活躍が、スコットランドヤードより目立った作品でした。