2020年発表の本書は、フリージャーナリストであるマーティン・ファクラー氏のメディア論。筆者はAP通信やNYタイムズの東京支局長を20年に渡って務め、日米のメディア業界に精通している。
第四次産業革命の時代、重要なのはデータであるが、データの改ざんもまた増えているとある。改ざんの手法も、古来あるフェイクな言葉や文字の拡散だけでなく、動画を歪めたりボット等を使う巧妙なものになっているという。そんな時代だからこそ、個人は真偽を見極めるスキルと頼れるジャーナリストを持つべきである。
スキルに関しては、フェイクを流してくる主体の意図をある程度予測し、ニュースの裏を取るなどの習慣が必要だ。ただ個人で「裏を取る」といっても難しいので、信頼できるジャーナリスト(というかメディア)が必要なのだ。それではメディアはどうかというと、本書では3種類に類別している。
1)アクセス・ジャーナリズム
政府等の発表を、早く正確に流すことを目的とするもの。労力は少なく、報道内容に関するリスクも低い。
2)アカウンタビリティ・ジャーナリズム
独自の調査能力を持ち、特に権力者が明らかにしてほしくない事実を突き止め、報道するもの。メディアに本来求められることだが、労力もリスクも大きい。
3)キャンペーン・ジャーナリズム
政治的なキャンペーン(例:トランプ旋風)など聴衆が知りたいことについて独自に取材・報道するもの。商業主義に堕しすぎると、信頼を損ねる。
日本のメディアは、ほとんどが1)に留まっていると筆者は言う。聴衆が既存メディア以外から溢れる情報を得ている現状では、その役割は縮小してしまう。現に大手新聞社は部数を急減させている。
米国でも同じような傾向だったが、タブロイド紙であるNYタイムズは思い切ってデジタル化を図って部数(有料会員数)を増やしたという。スマホで読みやすいように、見出しや記事の書き方も変えている。ただキャンペーン・ジャーナリズムに陥りやすい傾向はあると筆者はみている。
しかし日本では紙を扱う人たち(販売店等)の権益が強くこういう「紙離れ」は出来ないだろうといいます。最初は個人の「データ・リテラシー論」かと思って買ったのですが、中身は「メディア論」でした。