新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

墨野隴人登場

 「刺青殺人事件」でデビューした高木彬光は、昨日短編集「5人の名探偵」で紹介したように、探偵役を使い分けていた。しかしその5人以外にも本書(1970年書き下ろし)が初登場になる、天才肌の名探偵墨野隴人がいる。本書の後、4作品に登場した彼は、実は・・・の正体を持っているが、それは言わぬが花だろう。

 

 本書の語り手(ワトソン役)は、32歳と若い未亡人村田和子。資産があって子供もおらず、勝手気ままに<メリー・ウィドウ>を決め込んでいる。ある日行きつけの喫茶店で、40歳ほどの長身痩躯な紳士と出会う。彼は飛び入りでベートーベンのピアノ協奏曲を弾きこなす、北欧系の血が混じった男だった。

 

 のぼせてしまった和子に墨野は付き合ってくれるものの「跡を尾けようなどと思わないでくれ」と自分が何者かを知らせようとはしない。再び会う約束だったが、当日都合が付かないと秘書役の青年を来させたりする。青年の口から墨野の人となりを少しづつ聞き出すのが、和子の楽しみになった。

 

        

 

 そんなある日、和子の亡くなった夫の従妹洋子が訪ねて来て、夫が浮気をしているかもしれないという。かなりの金額の株券を勝手に処分し、そのカネの使途も分からない。墨野に相談を持ち掛けると、秘書役の青年を貸してくれた。何の仕事かは分からないが、彼は忙しく日本中を駆け回っているようだ。

 

 調べてみると、洋子の夫児玉の周りには怪しげな山師・祈祷師がいて、小栗上野介の隠し財宝探しをしているらしい。幕末、勘定奉行などを歴任した幕府の切れ者小栗は、江戸城から領地の上州に戻る途中で官軍に捉えられ、斬首されている。江戸城の蔵が空っぽだったことから、小栗が幕府の最後のカネを埋蔵したとのうわさが流れた。

 

 埋蔵金を巡って、偽物の小判(昭和小判という)が現れ、関係者が殺されていく。その傍らには小判が置かれていた。東京に戻った墨野は、埋蔵金のありかについてロジスティックス面からち密な推理を働かせる。ミステリー好きの未亡人と謎の天才紳士、面白い組み合わせで、歴史推理のだいご味もある。凝った趣向の本格ミステリーである。

 

 ただ作者がどうしてこのようなキャラクターを必要としたかは分からない。天才神津恭介に限界を感じ、リアルな社会で弁護士や検事を主人公に据えたシリーズも好調だった。あと4冊読まないと、その謎は解けませんかね?