本書は、1973年<小説宝石>に連載されたもの。先月紹介した「黄金の鍵」に続く、高木彬光の墨野隴人シリーズの第二作である。明察神のごとき名探偵神津恭介を主人公にした本格推理に行き詰まりを感じたのか、作者は弁護士や検事を主人公にして法律や経済を主題にした社会派ミステリーに転身していた。
それらの作品は本格ミステリーマニアにも評価が高かったのだが、1970年代になって本格回帰を試みたのがこのシリーズ。最初から5作で終える構想で、毎年1作ずつ発表のつもりだったようだが、他のシリーズの執筆や作者の健康状態もあって、最終作「仮面よさらば」まで20年近くかかった。
このシリーズのワトソン役は、16方お節介美人の村田和子。10歳以上年上の墨野に惹かれデートに誘うなどしているが、多忙を極める墨野との仲は進展しない。そんな彼女に、同じマンションに住む老婦人菊子がドイツ語の手紙を持ち込んできた。内容は<一、二、三、死>。
彼女は個人では使いきれない資産を持っていて、甥と姪の夫3人が遺産相続人だが、いずれも金に困っている。暴力団くずれもいて、彼女を殺そうとしている可能性がある。和子は墨野に相談するのだが、多忙で手が離せないという。代りに秘書役の上松が来てくれた。彼らは3人と会って話を聞くのだが、やはり怪しげな男ばかり。加えて菊子に出資を迫る自称天才科学者も出て来て、やはり菊子の資産は狙らわれているようだ。
そんな中、事業に行き詰った甥の一人が毒殺され、彼が菊子に土産として渡したチョコレートにも毒が入っていることが分かる。全体の半分を過ぎたあたりでようやく墨野が登場するが、殺人はまだ続く。当時社会問題だった左翼過激派、不動産高騰に目を付けた詐欺などを背景に、墨野の推理が冴える。
法律や経済の厚みを加えた本格推理、作者はこのシリーズを自分のミステリー作家としての集大成と見ていたかもしれません。あと3冊、探してみます。