1920年代は本格探偵小説の黄金期である。ホームズなどの19世紀からのミステリーから、1913年の「トレント最後の事件」を皮切りに新世代のミステリーが続々生まれたと評論家は口をそろえる。クリスティとクロフツがデビューしたのが1920年というのが象徴的だし、20年代後半にはヴァン・ダインやクイーンも登場する。
20年代前半には、すでに文壇で有名だった作家が探偵小説を書くケースが多かった。「赤毛のレドメイン家」「赤い舘の秘密」「百万長者の死」などである。1924年発表の本書も、そんな1冊。作者のA・E・W・メースンは、俳優出身。戯曲や歴史小説を、1900年代から書いている。第一次世界大戦では英国情報部に勤務し、戦後探偵小説を発表し始めた。
舞台はフランス中部のディジョン、英国人の富豪がフランス人の未亡人と結婚し、英国人の娘ベティを養女としていた。富豪が亡くなり、妻も死期が近い。財産管理を任されているロンドンの弁護事務所に、富豪の義弟を名乗るロシア人から遺産分けの要望(脅迫?)の手紙が届いた。事務所取り合わなかったのだが、妻が亡くなり養女に全財産が渡ると知った義弟は、養女が母親を殺したのだと現地警察に告発する。
その結果、死体を掘り返しての検死のやり直しと共に、ロンドンからは青年弁護士ジムが、パリ警視庁からはアノー探偵が現地に向かう。作者はジムの視点から、高名なアノー探偵の心理的捜査を描いていく。
病床で多くのミステリーを読んだW・H・ライト(ヴァン・ダインの本名)は、明確な欠陥のありながら版を重ねる作品を批判していたが、本書については賛辞を寄せている。「アノー探偵は論理的で緻密、犯人に心理的な罠を仕掛ける」と、ホームズ並みの探偵と評していた。
アフリカ狩猟民族の検知できない毒が出てくるなど、ちょっとアンフェアなところもあるのですが、立派な「探偵」小説でした。