新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

国名シリーズ最高傑作

 S・S・ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスものが好評を博す中、そのペダンティックな言動に辟易するとの意見も出てきた。そこで登場したのが、エラリー・クイーンという青年(たち)作家。パズル小説としてのフェアプレイはもちろんのこと、本格ミステリーに求められるすべてを持ち合わせたシリーズものを毎年2作づつくらい発表し続けた。
 
 初期の10作ほどは国名シリーズと言われ、ある国の名を冠して「謎」 という言葉を付けて題名としていた。エラリー・クイーンは別名のバーナビィ・ロス名義で「Xの悲劇」に始まる4部作を書いているが、その時期最も有名な作品を発表している。1932年には、Xの悲劇・Yの悲劇・ギリシア棺の謎・エジプト十字架の謎を発表していて、この4作はいずれもミステリーベスト30には残る傑作と言われている。
 

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 エジプト十字架の謎は、僕のミステリー好きを決定的にした一冊だった。田舎町で殺された小学校長。その死体はT字型の十字架に磔にされ、十字架の形に合わせるように首を切り落とされていた。T字型の十字架は「エジプト十字架」と呼ばれているとエラリー青年が知識を披露するものの、それで何かが進展するわけではなかった。
 
 その後、実業家や富豪が殺されてT十字架にさらされるが、ヌーディスト・コミュニティや怪しげな宗教家などがからみ、事件は混迷を深めていく。首のない死体が再三出てくる凄惨な話ではあるが、青年探偵エラリーとその父親リチャード・クイーン警視のやりとりも含めてユーモアも交えながら捜査は進んでゆく。
 
 普段は「ハードボイルドは苦手」と言いながら、エラリーは自ら拳銃を持って犯人がいるかもしれない山の洞窟に踏み込む。最後に、長距離列車や飛行機まで駆使した犯人対捜査陣の追跡戦も演じられ、大団円を迎える。そこに待っていたのは、最も意外な犯人だった。
 
 当時まだ20歳代だった2人の作家フレデリック・ダネイとマンフレッド・リーにとって、複雑な社会の仕組みや人間関係を描くことは難しかったのだろう。彼らは、徹底したパズル小説とそれを最適に見せる背景・環境を描くことに尽力した。その結果生まれたエラリー・クイーンという作家兼探偵は、事件の背景や心理的側面には目をつむり、純粋な論理学的課題として事件を扱うようになった。
 
 高校レベルでだが数学や論理学が大好きだった僕には、エラリー・クイーンの初期の小説群は最高のバイブルだった。まさに、青春の思い出と言ってもいいのである。