新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

靴と神経をすり減らす商売

 本書は「千草検事シリーズ」などを紹介している、土屋隆夫の長編第二作(1958年発表)。雑誌「宝石」などに秀逸な短編を発表していた作者は、ミステリー評論家中島河太郎の勧めで長編「天狗の面」を書いて好評を得た。続く第二作は、日本では珍しい本格「警察小説」となった。

 

 警察小説は、事件捜査だけを描いていればいいのではない。警官たちの日常や家庭を含む人間関係を書き込んでこそ、警察小説たり得る。刑事群像を描いたエド・マクベインの「87分署シリーズ」は1956年の「警官嫌い」から始まるから、本書と時期は同じだ。

 

 本書の主人公久野刑事は、40歳すぎのベテラン。長野県警で「ギロ長」とあだ名される部長刑事の配下で、地道な捜査にあたっている。冒頭「靴と神経をすり減らす商売」と自らを揶揄しているが、心の奥底には強い正義感がある。妻の定子も、夫が神経を逆立てるところを見慣れているから「怒鳴られたり、叱られたり、刑事の女房なんて被害者のようなもの」と割り切っている。

 

        

 

 最初は旅館の一室で、18歳の娘彩子が死んでいた事件。青酸カリによる服毒死で、流行歌<天国は遠すぎる>の歌詞を書いた遺書のようなものが見つかった。筆跡は彼女のもので、多くの関係者の判断は自殺だったが、久野は他殺を疑う。それは、

 

・被害者が、直前にオーバーのボタンを買っていたこと

・布団の敷き方が、通常と違っていたこと

 

 からである。

 

 翌日、長野県の土木疑惑の中心人物で、県警が内定していた県庁の深見課長が失踪した。彼は長野駅から東京行きの列車に乗ったところまでは確認されているが、その後戸倉・上山田温泉で絞殺死体となって発見された。

 

 深見課長と彩子がしばしば密会していたことが分かり、容疑者として2人を操っていた建設会社社長が浮かぶのだが、2人の死亡時刻のいずれもにアリバイが成立してしまった。久野はこれらを「偽造アリバイ」と考えて、靴をすり減らしながら破ろうとする。

 

 捜査のやり方、刑事の考え方、生き方・・・事件解決の端緒も含めて非常にリアルな警察小説となっている。政治家につながり捜査陣を揶揄するような行動を見せる容疑者に対し、執念で迫る久野たちの姿が生々しい。また容疑者の生き様も興味深いもので、作者の奥深さを感じさせる作品でした。