新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

推理小説へのレクイエム

 本書(1958年発表)の作者フリードリッヒ・デュレンマットは、スイス生まれの作家。画才も発揮し、ミステリ小説のほか戯曲なども多く書いた。本格ミステリがいかにも都合よくできていることに疑問を持ち、よりリアルな(アイロニカルな)犯罪小説を書いたのが本書である。

 

 舞台はチューリッヒ郊外の寒村メーゲンドルフ、年端も行かない少女グリトリの切り刻まれた死体が見つかった。死体の発見者は、行商人のグルテンという男。彼が真っ先に疑われたのは少女暴行の前科があり、衣服のルミノール反応など状況証拠が揃っていたから。

 

 閉鎖的な村では「よそ者」は白い目で見られる。まして罪のない少女を暴行して殺したとあっては、村の人達が黙っていない。現場の指揮を執っていたマテーイ警部は、かろうじてリンチを求める住人達から容疑者を保護した。チューリッヒ署でマテーイの部下が取り調べた結果、グルテンは犯行を自供し拘置所で自殺してしまう。

 

        

 

 昇進してレバノン大使館に赴任することになったマテーイだが、グルテンが真犯人ではないかとの疑惑にさいなまれる。一人娘を失った被害者の両親には「必ず犯人を捕まえる」と約束していたのだ。悩んだ彼は、昇進を蹴り警察も辞めて、独自捜査を始める。似た手口は、5年前のザンクト・ガレン、2年前のシュビーツで、いずれもグリトリに似た金髪の少女が殺されている。マテーイは小さなガソリンスタンド兼居酒屋を営みながら、この連続殺人犯に罠をかける。

 

 作者は登場人物の口を借りて、

 

・ミステリでは必ず悪者が捕まり、道徳上必要かもしれないが、実際はまやかし。

・作者は筋を論理的に組み立てるが、でたらめが過ぎる。

・実際の捜査は運や偶然が成功、不成功を分ける。

 

 という。優秀なエリート警部だったマテーイが転落するさまは、本書の副題「推理小説へのレクイエム」というのにぴったりしていました。