新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

地方伝承・旅情・地図

 本書は巨匠松本清張の1968年の作品。「宝石」に2年半の間連載されていたもので、作者はこの期間、後に単行本化された長編だけでも少なくとも6本の連載を持っていた。後年の作家内田康夫が「連載が始まった時点では、犯人が誰かは私にもわかりません」と言っていたが、日本のミステリーがややもすると軽薄な感じがするのは、連載ものが多いからかもしれない。先輩作家たちに失礼な話ではあるが、僕はやはりミステリーは後ろ(結末)から描き始めて欲しいと思う。

 

 本書は作者が傾倒し、深い知識を持っていた地方伝承を巧みに取り入れ、地方の旅情もたっぷりだし、愛読書とも言えた時刻表や国土地理院の地図がストーリー展開上の大きなカギになる興味深いものだ。

 

 主人公は中堅(からやや下)の作家伊瀬忠隆。仕事に恵まれない中、旅行雑誌月刊「草枕」の若くやり手の編集者浜中の提案で、地方伝承を巡る紀行「僻地に伝説をさぐる旅」の連載を執筆することになった。伊瀬は最初「紀行には自信がない」と渋るのだが小さな出版社だが、破格の原稿料提示が決め手になった。売れない作家と編集者のやりとりが、リアルで微笑ましい。

 

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 初回は浦島・羽衣伝説を追って、京都府兵庫県日本海側の城崎から瀬戸内の明石まで、浜中に連れられて伊瀬は旅する。しかし初日に泊まった丹後木津温泉で「1年前に殺された人が神社裏に埋められている」とのタレコミで捜索をする地元警察の行動を見る。その後も、2人の行く先々で奇妙なことが起きる。

 

 伊瀬の原稿は編集長・出版社長にも好評で、伊瀬は充分な報酬と次回以降の取材行の厚遇を得る。「草枕」が出版されるや、多くの反響が得られたのだが2人の読者は「この企画は面白いが、誰の発案か」と知りたがる投稿をしてきた。そのうちの一人、伊豆大仁に住む若い美女坂口みま子は、伊瀬を訪ねて来て「2度の取材旅行で移動した距離は、2度ともちょうど350kmでしたよね」と妙な指摘をして去る。

 

 ところがその後、彼女が熱海駅裏で殺されたことから、伊瀬は事件に巻き込まれる。伊瀬が気づく「事件に関係ある場所が、東経135度の線か、北緯35度の線上にある」というのは、地図マニアの作者ならではと言うところ。

 

 300ページまで位はとても面白く、どういう大団円につながるのだろうと期待させるのですが、解決は思わしいものではありませんでした。これが「連載の課題」だという理由です。