新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

Mission Impossible, 1855

 SF「アンドロメダ病原体」から、ミステリー「サンディエゴの12時間」、ノンフィクション「5人のカルテ」まで、才人マイクル・クライトンの諸作をこれまで紹介してきた。1975年発表の本書は、ドキュメンタリータッチの歴史ミステリーである。蒸気機関で機動できる鉄道車両によって、ヒト・モノの移動速度は飛躍的に向上した。そんな時代に列車で輸送される金塊を強奪した、悪党集団の「Mission Impossible」である。

 

 英国では人口が急増していて、増分の多くはロンドンなど大都市に集まって来た。スラム街や移民街も増えていて、厳然とした格差社会が形成されていた。悪党も大勢いて、中には特技を持ったものもいる。クリミア戦争に従軍する兵士の給与は、金塊の形で毎週ロンドンからパリを経由して現地に送られていた。首謀者ピアースは、悪党仲間を集めて列車の小荷物車から金塊を奪おうとする。

 

        

 

 もちろん警備は厳重だ。100kgを越える特製金庫に金塊は収められている。金庫のカギは4つもあり個別に保管されている。列車に積み下ろしする際には、1ダース以上の兵士が警戒にあたる。ピアースは、

 

・金庫破りの専門家エイガー

・忍び込みが得意なウイリー

・自身の情婦でお色気担当のミス・ミリアム

・御者で護衛役も兼ねるバーロー

 

 と調査とツール調達を始める。作者は全350ページ中、270ページほどを準備過程にあてて、詳細に計画遂行を描いていく。その中で、当時の庶民(含む悪党)の生活が細部にわたって紹介される。訳者によると当時のスラングが多く、翻訳に苦労したとのこと。SFを「Science Fact」の域に高めた作者だけに、歴史ものでも緻密なリサーチをした結果だと思う。

 

 計画は再三予想外の事態に直面するのだが、ピアースは才覚と決断でそれを乗り切っていく。芸はあるが頭の弱いウイリーの裏切りにも冷酷に処断を下し、ついに金塊を手に入れるのだが・・・。

 

 最後までノンフィクション風に仕上げられた、逸品の犯罪小説でした。作者の才気には脱帽です。