新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

あったはずの殺人事件

 1966年発表の本書は、女王アガサ・クリスティの「ポワロもの」。しばらく前から作者の分身とも思える女流ミステリ作家オリヴァ夫人が、ポワロの相棒のような活躍を見せる。本書ではそれが顕著、ポワロを事件に誘い込むだけではなく、関係者を尾行して郊外まで行ったり、その帰路殴られて意識をなくす危機にすら遭遇する。

 

 オリヴァ夫人のところに、知り合いの実業家アンドリュウ・レスタリック氏の娘ノーマが来た。アンドリュウは有能なビジネスマンで富豪だが、ノーマが5歳の時に妻子を置き去りにして女と駆け落ち、南アフリカに渡った過去がある。直ぐにその女とは別れたのだが、2年前にノーマの母親が死ぬと、若い後妻メアリを連れて英国に戻ってきた。

 

 経済的に不自由はしなかったノーマだが、父親はおらず母親は病気がちで、少し暗い子供になった。もちろん後妻ともうまくいかず、20歳になったのをきっかけにシェアハウスに住むようになる。それがボロディン・マンションの1室。アンドリュウの秘書であるクラウディアが借りたマンションを、2人の女友達と3室に分かれて住むやり方だ。ノーマは原題にいう「Third Girl」になったわけ。

 

        

 

 そのマンションで墜落死やら、血痕とナイフが落ちていたり、拳銃が発射されたりする事件が起きる。その度にノーマは記憶がはっきりせず、自分が殺したかもしれないと言う。オリヴァ夫人は彼女に「有名な探偵」ポワロを訪ねるように言うのだが、ポワロを一目見たノーマは「こんなお年寄りでは・・・」と帰ってしまう。残されたポワロは呆然とし、自分がそんなに年寄りに見えるかと嘆く。

 

 それでもめげないポワロは、オリヴァ夫人からノーマの置かれている環境を聞き、彼女が誰かを殺したという「あったはずの殺人事件」を探り始める。通常殺人事件なら「罪体」としての死体があって、捜査が始まる。死体なき殺人事件というのも時折ミステリーには出てくるが、今回はノーマの曖昧な記憶にしか事件の手掛かりがない。加えてノーマの母親に毒殺疑惑も出て、毒薬・ナイフ・拳銃と凶器は一杯出てくる。警察も介入できない中、ノーマを守ってポワロとオリヴァ夫人は個別の捜査を開始する。

 

 晩年になっても作品の質が落ちないのが、女王の女王たるゆえんです。そろそろ残り少なくなったのですが、大事に読みますよ。