新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

学生寮の盗難事件から・・・

 1955年発表の本書は、女王アガサ・クリスティの「ポワロもの」。第二次世界大戦後10年近く経ち、ロンドンには世界中から留学生がやってきている。よく貴族の館に大陸からの使用人(執事・メイド・コック・運転手・庭師等)が雇われている「多国籍環境」での事件が扱われた街だが、時代は代わり、ポワロは学生寮での事件で若い人たちと会話することになる。

 

 ポワロの有能な秘書ミス・レモンには、やはりしっかりものの姉ハバード夫人がいて、ヒッコリーロードにある学生寮の寮母をしている。その寮で、しばらく前から奇妙な盗難事件が続いていた。何が盗まれたかというと、リュックサック・フロアの電球すべて・腕輪・指輪・コンパクト・夜会靴の片方・口紅・イヤリング・聴診器・浴用塩・スカーフ・フランネルのズボン・料理の本・薬剤・ブローチといった具合。この中でリュックサックとスカーフは切り裂かれて、捨ててあった。ダイヤの指輪以外は、価値が低いものばかり。

 

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 ハバード夫人の依頼で寮を訪れたポワロは、犯罪学の短い講義をしながら寮生たちを観察する。歴史学・心理学・考古学のほか、医学系の学生が多い。また装飾バイヤーなど社会人も混じっていた。国籍もさまざま。一番多いのはイギリス人だが、インド・西アフリカ・フランス・オランダ・アメリカなどからの留学生がいて人種もまちまちだ。

 

 ポワロは寮生たちから事情を聴き、多くの品を盗んだ人物を指摘した。「犯人」は罪を認めて、被害者たちに賠償をした。しかしポワロは一見落着とは思っていない。予想通り「犯人」だった娘が毒を呑んで死に、駆け付けたシャープ警部にポワロは、「殺人事件ですな」と耳打ちする。

 

 若い寮生たちはポワロの名声も知らず、少なくとも表向きは犯罪に対して無知な反応を示す。一方人種間の軋轢や、誰それが共産党員だとの流言が飛び交い、ポワロを悩ませる。この脈絡ない盗難事件の陰で何が進行していたのか?

 

 戦後10年経ってのロンドンの「国際情勢」が面白い。ポワロは出身地のベルギーからの留学生がいないのを嘆くが、留学生たちは国境を意識せずに飛び回っている。そこに事件のカギが潜んでいた。

 

 ミステリーの評価として、不思議な冒頭・中盤のサスペンス・意外な解決の3点があるが、本書は不思議な冒頭では満点に近い。派手なトリックはないけれど、終盤の(犯人逮捕の後の)ポワロの活躍は見事でした。