新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

百億円の身代金、紙幣で1トン余

 本書は、寡作家天藤真が1979年に日本推理作家協会賞を受賞した傑作。今日「敬老の日」にふさわしい、紀州の大地主柳川とし子(82歳)が誘拐された事件の顛末である。なぜふさわしいかというと、このおばあさんは誘拐されたにも関わらず、犯人たちを手玉に取り徐々に主導権を握って、ついには世界中をきりきり舞いさせるからだ。

 

 和歌山県の山林の2/3を保有しているとし子は、ちんまり座っていると両手ですくえそうなほど愛らしい。しかし県内での存在感は大きく、地元の人たちから生き神のようにあがめられている。土地の警察署長も、貧しい家に育ったもののとし子の支援で大学を出て現在の地位に就いた。実の親以上の恩義を感じている。

 

        

 

 20歳そこそこの不良少年3人が、一発デカいヤマと身代金誘拐を考える。リーダー格の青年が和歌山出身で柳川家を良く知っていて、とし子誘拐をもくろむ。山間の巨大な屋敷からとし子が外出する時を狙う犯行までは、なかなか周到な犯罪程度の話。

 

 しかしいざ誘拐が成功するや、隠れ家や逃走ルートを言い当てられて犯人たちは動揺する。さらにとし子は、5千万円ほどと彼らが言う身代金を「みみっちい」と切り捨て「百億円要求しなさい」という。

 

 とし子は自ら隠れ家を提供し、息子たちへの脅迫状も自ら書く。とし子を信奉する警察署長が陣頭指揮するが、百億円という要求に海外メディアまでもが飛び上がった。使用済み紙幣で百億円は、柳川家の取引銀行が用意できたのだが、ビニールパックで軽量化しても1トンを超える。これをどう受け取るか、不可能だという犯人たちにとし子は秘策を伝授する。

 

 3人(ととし子)が身代金を奪う作戦は、見事というしかない。また無事に家に戻ったとし子が共犯ではないかと疑う警察署長に、とし子が告白するシーンは迫力満点である。ユーモアミステリのようでもありますが、極めてアイロニカルな話でした。傑作ながら、どう分類していいか分かりません。