新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

現場のない殺人事件

 直木賞作家有馬頼義の手になる本書は、1958年に<週刊読売>に連載されたもの。作者のミステリー代表作となった。作者は化け猫騒動でお馴染みの、久留米藩有馬家の末裔。伯爵家の生まれだったが、戦後に全財産を差し押さえられ無一文となった。種々の職業を経験して1950年代から小説を書き始め、1954年の「終身未決囚」で直木賞を獲った。その後ミステリーも書き、本書で日本探偵作家クラブ賞を受賞している。

 

 プロ野球のシーズンも大詰め、リーグ首位を争うセネタースの4番新海選手は、打撃不振にあえいでいた。打率は.260そこそこ。前日も4タコで、ダブルヘッダー第一試合もヒットは出なかった。しかし第二試合、2本のヒットを放った後の第三打席、打球は右中間を破った。二塁を回り三塁に滑り込もうとした時、彼の心臓は止まってしまった。

 

        

 

 救急車で病院に運ばれたものの、死亡が確認され、死因は心不全とされた。しかし4万人の観客の一人だった東京地検高山検事は、新海選手のファンだったこともあって事件性を疑う。馴染みの監察医に司法解剖を依頼し、一人の刑事を助手役に独自捜査を開始する。

 

 検視の結果毒性のものは見つからなかったが、ある種の酵素が異常に減っていることが分かる。これは、ある種の農薬を多く浴びた時に起きる現象らしい。高山たちは、

 

・被害者の妻や副業で経営しているコーヒーショップの関係者

・大陸で士官として闘っていた時の仲間

セネタースでで彼のポジションを窺う後輩

 

 らを調べていく。手掛かりの少ない状況に高山は「これは現場のない事件だ」とつぶやく。自分を含め目撃者は4万人いるのだが、そこは真の現場ではない。

 

 首都圏で拳銃を使った未解決事件が多発していて、それらの事件と新海選手の死との関係が浮かび上がってからの展開が秀逸。50年前にも読んでいますが、あらためて古典的名作と思いましたよ。