新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「林彪事件」の真相

 1995年発表の本書は、日本では珍しいインテリジェンス歴史ミステリー。作者の伴野朗は、元朝日新聞記者。外信部畑で、上海支社長の経験もある。デビュー作の「五十万年の死角」で乱歩賞を受賞してから、歴史・冒険・諜報ミステリーを得意とした作家生活に入る。

 

 本書は、1971年9月に起きた「林彪事件」を、筆者の分身のような中央日報外信部の杉江記者が取材するところから始まる。中国共産党No.2だった林彪副主席が、クーデターに失敗して逃亡する際に、乗機がモンゴルで墜落して妻子らと共に死んだ。しかし杉江は、林彪は国外脱出を図る前に殺されていたとの状況証拠を集め、スクープを狙った。しかし親中(朝日もそうだったよね)の中央日報幹部は、これを握りつぶした。怒った杉江は辞表を叩きつけた。

 

        

 

 18年経って、作家としてそれなりの地歩を築いた杉江は、再び「林彪事件」の真相を探ろうと、中国に渡る。かつての仲間たちや政府の人に、現地の関係者を紹介してもらった杉江は、当時の毛沢東主席、林彪副主席、周恩来首相の微妙な関係を聞き、事件の折に流れた文書にあたり、秘匿された「林彪ノート」の存在を知る。折から北京や上海では、学生たちを中心に自由を求めるデモが頻発、政府との間で緊張が高まっていた。

 

 キッシンジャーの中国訪問、林彪事件、中国の国連加盟(1971)、ニクソン訪中、米中国交回復(1972)、毛沢東死去(1976)、江青ら4人組逮捕(1977)という歴史を背景に、題名のような隠された事件があったことを杉江は追及する。中国国家安全部の美女や、林彪の機密秘書だったという暗殺者が登場し強烈なサスペンスを生み、かつ天安門事件に至る緊張感が全編に流れる。

 

 昔「五十万年の死角」を読んだ記憶しかない作者の作品、本書の迫力で探してみる気になりました。傑作だと思います。いや、日本にもこんなインテリジェンス小説があったのですね。