新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

内省的な元ジャンキー探偵

 1986年発表の本書は、TV業界でプロデューサーなどを務め政治コンサルタント(主に選挙キャンペーン)の経験もあるラリー・バインハートのデビュー作。アメリカ探偵作家クラブの新人賞を受賞している。ただ、作者の作品はほとんど日本では邦訳されず、2000年以降の別の作品ひとつが出版されているに過ぎない。本書のたてつけは私立探偵ものでハードボイルド風なのだが、元麻薬中毒患者の探偵トニイ・カッセーラ(イタリア系だろうね)という主人公が日本では受けなかったのかもしれない。

 

 物語は大手複合企業<オウヴァ&イースト>の顧問弁護士をしていたウッドという男が、800万ドルの横領罪で有罪判決を受けるところからはじまる。実刑判決に恐怖(刑務所ってのは素人には耐え難いところなの)したウッドは、証券取引委員会(SEC)に話したいことがあるといって司法取引に持ち込もうとした。どうも800万ドル以外に何か不正な金の流れを握っているらしい。

 

        f:id:nicky-akira:20220209132347j:plain

 

 SECはウッドを聴取し始めるのだが、これを憂慮した<オウヴァ&イースト>の社主は、カッセーラに状況を調べるよう依頼する。同社は第二次世界大戦後の欧州の資金を導入して設立、建設業から始めてM&Aを繰り返し、急成長してきた企業である。背後に土地ころがしやマネーロンダリングが疑われ、果ては麻薬取引をしている可能性もある。

 

 カッセーラはウッドの監視を始めるのだが、彼は駐車場で何者かに殴り殺されてしまった。本来はこれで「依頼終了」のはずなのだが、なぜかカッセーラは本件に入れ込んでいく。事件の流れと平行してカッセーラの日常が描かれ、彼の屈折した過去と現在が読者に突きつけられる。

 

・別れた恋人とは今も「親友」関係

・同棲しているのは子連れの女、愛し合っているが結婚はしない

・ウッドの娘が美女で、すぐ深い関係になってしまう

 

 一見ナンパの私立探偵に見えるのだが、独白や彼女たちとの会話でカッセーラがきわめて内省的なことがわかる。何かの矜持があっての生き様なのはわかるのだが、その「何か」がわかりづらい。ある意味米国の「病み」が噴出していた時代、この話はその時代の米国人なら理解できたのかもしれませんが・・・。