新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

大陪審は一方通行だが

 本書は以前「評決」を紹介した、弁護士作家バリー・リードの第三作。「評決」とこれに続く「決断」は作者が弁護士として専門としている医療過誤や製薬業の製造物責任を扱ったものだが、本書(1994年発表)は本格的な殺人事件を扱う法廷ものになっている。さらにまだ手に入れていないのだが、第四作でも登場するシェリダン弁護士というレギュラーが出来たのがうれしい。舞台はボストン、アイルランドカソリックの貧しい家に生まれたダン・シェリダンは、野球に才能を示すものの海兵隊員としてベトナム戦争に従軍、右脚に大怪我を負った。帰国後警官になったのだが、夜間ロースクールに通うなど苦労して弁護士となった。今は小さな弁護事務所を運営しているが、金回りには苦労している。

 

 そんなシェリダン事務所に持ち込まれたのが、死因のよくわからないカリブ美女の殺人事件。容疑者と目されたのは、事件の夜被害者とディナーを食べたことを認めている高名な心臓外科医ディラード博士だった。ディラードは彼女との親密さは認めたものの死には関与していないという。しかし死亡推定時刻や胃の内容物などから、彼の説明は否定されてしまう。医療が得意な作者らしく、検視のシーンやその証拠保全、さらにシェリダンの勧めでディラードが受けるポリグラフのオペレーションなど、非常に詳しく生々しい。

 

        f:id:nicky-akira:20220209133234j:plain

 

 ディラードの弁護を引き受けたダンにとってのもうひとつの課題は、大陪審という制度。23人の市民陪審員(の多数決)によってこの事件・容疑者を起訴すべきかどうかを決する場だ。通常の裁判と違うのは、ほぼ一方的に検察官が進行し、証人や証拠もすべて検察官が選ぶこと。弁護士は容疑者に同席は可能だが、異議を唱えることも反対尋問もできない。この制度は1993年の時点で13の州が廃止したというが、マサチューセッツでは立派に生き残っている。法廷ものの中でも弁護側に不利なこの制度の中で、ハーバードなどエリートコースを歩み強大な権力を持つ検察官に、苦労人のシェリダンがどう立ち向かうかが興味深い。

 

 土地柄ゆえIRAへの支援組織など怪しげな連中が見え隠れするし、上院議員選挙への立候補を表明した地方検事の思惑などもからんで、600ページ近い長編を飽きることなく読ませてくれる。僕の大好きな法廷もの、この作者は絶対のお勧めですね。