本書(1964年発表)は、正統派ハードボイルドの旗手ロス・マクドナルドが英国推理作家協会賞を受賞した代表作である。一口に正統派ハードボイルドというが、リアルで非情なハメット、あくまで内省的なチャンドラーと作者のトーンは異なる。僕の感じからいうと「客観的な優しい目」を、主人公リュー・アーチャーは持って事件にあたる。本書でもアーチャーは、何をしているかと問われて「人の生活を知ることが商売で、熱情や妄念の対象でもある」と答えている。
事件の発端は、サンディエゴ近くの街の少年院から脱走したトム・ヒルマンを探してくれとの依頼。20歳前の富豪の一人息子なのだが、手のつけられない暴れ者だと少年院は厄介払いしたい様子。しかし元護衛空母<ペリイ・ベイ>の艦長で海のビジネスを拡大している父親から「訴えるぞ」と言われて、いいわけ半分にアーチャーを雇ったらしい。トムが少年院に送られた理由も、トムが逃げ出した理由も不透明なまま、アーチャーはヒルマン家を訪ねる。非協力的な両親に聞くのは、トムの交友関係・嗜好・よくいく場所などだ。ガールフレンドだったステラの家はすぐ隣だが、ここでも答えてもらえない。そこに「息子はここにいる。2.5万ドル用意しろ」との電話が入った。
ようやくヒルマン氏らから断片情報を得たアーチャーは、トムが「年上のもう一人のガールフレンド」と盛り場にいたことを突き止める。その女は40歳くらいだが、厚化粧の美人だという。アーチャーは盛り場付近で、マイクとキャロルというハーレイ夫妻がトムをかくまっていると考える。しかし踏み込んだとき、キャロルはすでに刺殺されマイクとトムの姿はなかった。ここからアーチャーの捜査は、1945年特攻機で傷付いた<ペリイ・ベイ>のヒルマン艦長と、不良水兵マイクとその妻で女優の卵だったキャロルの関係に迫っていく。アーチャーは「大人になるのに難しい時代になった」とつぶやき、ハーレイ家・ヒルマン家らの「家庭の秘密」と若者たちの苦悩に目を向ける。
久しぶりに作者の作品を手にしたのですが、最初の1行から吸い込まれるような文章に、改めて感服しました。若いころは「事件の謎」ばかり追っていた僕も、事件の背景にある「人間の謎」とそれを解き明かそうとする探偵の優しい目が理解できるようになったということでしょうか。