新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

重鎮の文学色濃い短篇集

 本書は、「千草検事もの」などを何冊も紹介しているミステリー界の重鎮土屋隆夫の短編集。長編はわずか13作しか遺さなかった作者だが、いくつもの雑誌に投稿した短編はそれなりにある。ここには、1953~75年にかけて発表された8編の中短編が収められている。

 

 作者の長編ミステリーの手法は「解決には小数点以下の剰余もあってはならない」というもので、必然的に練りに練った作品にならざるを得ない。しかし作者の「味」は、きちんとしたミステリーでありながら、文学的にも優れたものという両立にあるとする評論家が多い。その文学性が、短編だとより際立ってくるのだ。

 

 短編は、ある程度「思いつき」で書けるという作家も多い。ふと浮かんだひとつのシチュエイションから、それが最大限に生きる設定を選ぶことができるからだ。本書に収められたものも、倒叙もの、サスペンスもの、奇妙な味のものなどバラエティ豊かだ。

 

        

 

 表題作「寒い夫婦」は、講師~助教授~教授への怪談を登るため、恩師の姪を妻にした大学助手が、ソリの合わない妻を殺そうとする話。妻の悪女ぶりも相当なもので、読者は「犯人」にシンパシーを持つかもしれない。トリックを使って「遺書」を書かせることに成功した夫だが・・・。

 

 120ページほどの中編「地図にない道」は、14歳離れた再婚の夫と結婚したアラサーのOLが、思わぬところで死んだ夫の過去を探る話。松本清張か夏樹静子の作品といわれたら信じそうな、文学色濃い1編だった。

 

 官憲の登場は必要最小限、天才的な探偵も、徹底した悪党も出てこない。いずれも市井のどこかにいるような人が、事件の渦中で何を考えどう行動したかが綴られる。このトーンが、作者の考えるミステリーなのだと理解した。

 

 やはり「剰余のない解決」を強いられる長編より、作者が自分を出せるのは短編だということでしょうね。