2018年発表の本書は、東京大学史料編纂所の本郷和人教授の手になる「リアルな日本の軍事史」。筆者の専攻は、日本中世政治史と古文書学。日本史関連の著書があり、NHK大河ドラマ「平清盛」の時代考証も務めた。
全体的には、すでに知っている「リアル」が多く、特段のサプライズもない。政治学的にも、軍事学的にも、目立つ何かがあるわけではない。構成も中世の議論から戦国へくらいはいいのだが、突然日露戦争や太平洋戦争への道がでてくると、戸惑ってしまう。ちょっと残念な歴史書なのだが、面白かったのは戦争の6要素のこと。
1)戦術
2)戦略
3)兵站
4)兵力
5)装備
6)大義名分
を挙げている。本来なら「作戦」という項目があるべきなのだが、筆者は本当の大戦略は取り上げず、戦略の下部と作戦を一緒にして「戦略」と記しているようだ。いくつも例示された闘いがあるが、南北朝時代の「青野原の戦い」の例が珍しいので紹介しよう。
1338年、東北の雄北畠顕家が鎌倉を落とし東海道を下って京都に入ろうとした。戦略目標は京都入りだが、北朝足利尊氏は高師泰を送って防戦させた。両軍がまみえたのが現在の大垣市付近。結果は高軍が敗走したが、北畠軍も損害を負って京都入りを諦め奈良へ転身した。歴史書は北畠軍勝利と言うが、目的を阻止したので高軍勝利が正しい。筆者の説に賛成する。
面白かったのは大義名分の重要性。多くの戦いは、天皇ないし将軍をどちらの陣営が取るかで闘われている。こちらに正義があるぞというのは、最も初期の情報戦だったように思う。これを最初に変えたのが織田信長、足利義昭を奉じて上洛するも、天下布武が成ると見ればすぐ捨てた。京都の権威も無視し、安土に都を作ろうとした。
歴史が専門の文学者のみる軍事常識。軍人のそれに慣れた僕にとってはちょっと物足りなく、また新鮮な点もありましたね。