新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

駐ベルン公使館海軍武官の闘い

 1966年発表の本書は、多作家西村京太郎の初期の作品。前年サリドマイド訴訟をテーマにした社会派ミステリー「天使の傷痕」で江戸川乱歩賞を獲得した作者が、一転して太平洋戦争当時の日米和平工作を描いたスパイスリラーとして世に送ったもの。

 

 「寝台特急殺人事件」以降の十津川警部がレギュラーを務めるトラベルミステリーは、やや書き流しの感もあるが、初期のころの作品は1作1作趣向を凝らしたものだ。作家としてのパターンを探る「習作」もあったかもしれないが、本書のように骨太の作品が初期に多いと僕は思う。

 

 苦戦が続く日本海軍で「電子戦兵器の遅れで被害が急増、戦艦大和など無用の長物」と主張して上層部の怒りを買った関谷中佐に、嶋田海軍大臣はドイツ行きの特命を与える。調達が難しくなった水銀をスイスで買い付けるため、100キロの金塊を詰めたジュラルミンケースを護送するという任務である。現地では兵学校同期の矢部中佐が待っていてくれる。

 

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 喜望峰廻りの航路で、潜水艦に2ヵ月間詰め込まれてキール軍港に着いた関谷に、悲報が伝えられる。矢部がレマン湖で酔って水死したというが、海軍軍人が湖などで死ぬはずがない。関谷は矢部が何者かに殺されたのではとの疑問を抱きつつ、ベルリン大使館が用意してくれた車でベルンの公使館をめざした。しかしスイスのシャッハウゼン(ライン川の起点の街)で連合軍の誤爆によって負傷し意識を失う。病院で意識を取り戻したのだが、ケースは失われてしまった。手掛かりはアメリカ人女性が死に際に言った「D」という言葉だけ。

 

 ベルン公使館の海軍武官として関谷はケースの行方を探るのだが、ドイツ人の男・ロシア人の男・ユダヤ系ドイツ人の女・アメリカ人の女・中国人の男など、怪しげな人物が周りに現れ、矢部の最後を看取ったという日本人記者も協力してくれない。矢部の遺書とも言うべき手帳を見つけた関谷は、彼が米国のD機関と接触和平工作をしていたことを知る。

 

 D-Dayやヒトラー暗殺計画、サイパン失陥などの史実を背景に、D機関から「パリ解放の日までに」と期限を切られた関谷の闘いはサスペンスフルだ。スイスの主な都市(ローザンヌチューリッヒ・ベルン等)を巡る実にスケールの大きな作品で、作者はこの路線を追求してくれたら良かったのにとさえ思います。