新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

波間に潜むハイイロオオカミ

 本書は1955年の海洋冒険小説の巨匠、セシル・スコット・フォレスター第二次世界大戦もの。作者はナポレオン時代の大英帝国海軍士官ホレイショ・ホーンブロワーもので、第二次世界大戦までに有名となった。しかし戦争が始まると、英国情報省に加わり海軍にも入って洋上生活も経験した。その経験を活かしたのが本書だと、解説にある。

 

 舞台は北大西洋、1944年の早春と思われる。米国からロンドンを目指す37隻の船団、多種多様な物資を輸送するために集められた「寄せ集め船団」である。例えばその中のタンカーには、大英帝国海軍を1時間動かすことができる原油が積まれている。大きさも速度もバラバラの34隻の輸送船を護衛するのは、2隻の駆逐艦と2隻のフリゲート

 

・米海軍駆逐艦<キーリング>

ポーランド海軍駆逐艦<ヴィクター>

・英国海軍フリゲート<ジェイムズ>

・カナダ海軍フリゲート<ドッジ>

 

 である。護衛艦隊指揮官クラウス中佐は「理想的には4隻の駆逐艦、8隻のフリゲート、できれば護衛空母も欲しい」と思いながら、難しい任務に挑む。主な脅威はドイツ海軍デーニッツ提督麾下のUボート。<ウルフパック>という集団戦術で輸送船団を狙ってくる。

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 戦史でも敵潜水艦を仕留められたケースは、哨戒機が発見し複数の艦艇で爆雷攻撃し、浮上すれば砲戦で沈めるというものが多い。クラウス大佐はまだ夜が長い北大西洋で、性能不十分なSCレーダーと近距離では役に立たないアスディック(ソナー)を頼りにUボートを追い払おうとする。

 

 乗組員を4直に分け、交代で食事や睡眠をさせる。操舵士官も、砲術士官もソナー員やレーダー手も当直と明けを繰り返す。4時間毎に区切られた章立てで、章の最初は当直を離れる士官が艦長にそのむねを告げるシーンで始まる。<キーリング>の艦橋で繰り返されるこんなシーンが、リアリティを醸しだす。

 

 不安定なレーダーに写る輝点(浮上中のUボートの艦橋?)を追い、魚雷を避け被害を受けた船をかばう。それを続けるうち、4隻の護衛艦爆雷も燃料も乏しくなってくる。原題の「The Good Shepherd」は良き羊飼いのこと。聖ヨハネは「良い羊飼いは、羊のために命を投げ出す」と言ったとの故事が由来である。

 

 本書は1980年に翻訳出版されていたものを、2020年に新訳で再版された新版。とても迫力ある戦記でした。