新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「死骸が歩いているだけ」との自嘲

 1973年発表の本書は、「鷲は舞い降りた」やショーン・ディロンものを多数紹介した冒険小説の雄ジャック・ヒギンズ初期の作品。作者が自ら「一番好きな作品」として推薦している。主人公は元IRA中尉で、今はIRAからもその敵からも警察からも追われる男マーチン・ファロン。

 

 アイルランド出身で、身長160cmほどの小柄な男だが、銃器を持たせれば百発百中の腕前だ。IRA時代も凄腕のテロリストだったが、政府軍装甲車を破壊するつもりがスクールバスを吹き飛ばし、大勢の子供の命を奪ってからIRAを離れ、自らを「死骸が歩いているだけ」と自嘲している。

 

 もう一人の主人公が、SASとして第二次世界大戦朝鮮戦争を闘った勇士マイケル・ダコスタ。中国で長く捕虜生活を続け、帰国後神父になった男だ。そしてもう一人、本来は悪役だが、存在感を示すのが裏社会のボスであるミーアン。表稼業は葬儀屋で、「おくりびと」としての死体を扱う姿勢には真摯なものがある。

 

        

 

 海外逃亡を図るファロンに、パスポートやカネを渡す見返りにミーアンは、裏稼業の同業者を殺す仕事を依頼する。ファロンは難なく目標を射殺するが、現場をダコスタ神父に見られてしまった。ミーアンは神父を殺すようファロンに命じるのだが、神父の人となり、さらに盲目の美しい神父の姪を知ったことで、殺害を拒否する。

 

 作者の作品群の中では、アクション的要素は多い方ではない。3人の主役はいずれも多くの死を見つめていて、その人なりの祈りを死者に捧げている。この3人に、神父の姪アンナ、若い娼婦ジェニー、ミーアンの出来の悪い弟らがからむ。

 

 300ページあまりの中に、作者の矜持(死にゆく者への祈り)が凝縮されています。作者が「一番好き」という理由が少しは分かったように思います。