新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

孤島の私設法廷に立つ十津川警部

 1977年発表の本書は、西村京太郎の「十津川警部シリーズ」初期の作品。このころ作者は誘拐ものを極めようとして、「消えた・・・」と題した作品群を執筆していた。本書では、探偵役の十津川警部自身が誘拐されてしまう。

 

 職場からの帰り道、十津川は何者かに殴られて昏倒、意識を取り戻した時には孤島に作られた偽の街にいた。彼と同様に誘拐されてきたのは、1年前に起きた殺人事件の関係者。

 

・被害者と容疑者が吞んでいたバー「ロマンス」の女将

・「ロマンス」に出資しようとするリタイア目前の常連

・被害者が倒れ容疑者がナイフを持って立っているところを写したカメラマン

・容疑者が犯行後立ち寄った青果店の老女性店主

・偶然犯行現場を通りかかった車の中の銀行支店長

・その車に同乗していた銀行事務員の女

・犯行現場を目撃したという現場近くに住む浪人生

 

        

 

 彼らを拉致したのは、刑務所で死んだ容疑者の青年の父親。ブラジル帰りというこの初老の男は、全財産をはたいて現場そっくりの街を孤島に再現し、息子に有罪判決を出した法廷をやり直そうとする。十津川は、全体を見渡せるフェアな立会人として選ばれたのだ。

 

 この7人の証言が、息子に有罪判決を下させたと考える男は、証人たちに裁判官よろしく質問を投げ、証言の矛盾点を突いて行く。男と十津川の追及は何人かの証人の証言を覆えし、十津川も真犯人が別にいるかもしれないと考え始める。しかしそんな中証人の一人が殺され、事件は孤島での殺人事件に発展する。

 

 十津川含め8人を(一夜にして)昏倒させ孤島に連れてくることや、1年前の街を細部まで再現するなどとても出来そうもないのだが、それは言ってはいけない事。作者は閉じられた空間での私設法廷を描きたかったのだと思う。

 

 それでもそこで殺人事件が起きてしまうのは、リアリティに欠けるような気もしました。作者初期の意欲作として、評価はしますけれど。