新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

正統派ハードボイルドの到達点

 本書は、これまで「動く標的」「別れの顔」などを紹介してきたロス・マクドナルドのリュー・アーチャーものの短編集。のちに長編「運命」の原案となる「運命の裁き」だけが中編(100ページ強)で、他は50ページ未満の短編が4編あり、加えて作者自身の評論「主人公としての探偵と作家」も収められている。翻訳は日本ではハードボイルドの伝道師である小鷹信光が担当し、巻末にコメント付きの作品リストを付けている。

 

 フィリップ・マーロウの後継者とも言われたアーチャーだが、初期作品にこそマーロウの哀愁を受け継ぐ傾向があったものの、やがて透明な存在として独白するようになり、事件とそれにまつわる人たちを見つめる存在になっていく。そのあたりの考え方が評論「主人公・・・」で語られる。

 

        

 

 ハードボイルドの探偵役は、それまでの貴族的な階層ではなく庶民の一人として描かれるようになったと作者はいう。自身が探偵で裏社会に通じたハメット、新しい軽快な英語を駆使したチャンドラーを学んで、作者は「軽いパラノイアのジャングルに住む世俗的なターザン」であるアーチャーを産み出している。チャンドラーを師としながらも、その「部分が全体より大事」とも思えるプロットの立て方は踏襲していない。作者は自らをモデルとした探偵を産んでもいいが、過度な感情移入はいけないという。

 

 その評論を読んでから、改めて5編を見直してみた。いずれも何らかの形で事件に巻き込まれたアーチャー探偵が、マーロウほどの存在感は示さないものの事件の真相を突き止める。そのやり方も、過度に意表を突いたり奇をてらうものではない。なるほど、これが正統派ハードボイルドの到達点なのかとも思えた。

 

 マニアには嬉しいおまけが一杯付いた傑作集ですが、ページを開いた形跡もなくBook-offの100円コーナーに並んでいました。少し寂しそうでしたね。