新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

インディアナポリスの探偵

 ハメット・チャンドラー・マクドナルドという正統派ハードボイルド小説も、第二次大戦後特に1970年代になるとかなり変わってきた。以前紹介したロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズもそのひとつだが、マイクル・Z・リューインアルバート・サムスンシリーズもその代表格である。

 
 半熟タマゴのようなべとべとした感傷を切り捨てて、リアルにドライに生きてゆく「私立探偵」が主人公なのが、ハードボイルドという言葉の由来。正統派ハードボイルドも、微妙にその感覚は違っている。ハメットの名無しの探偵である「おれ」は、非常で利己的な男で暴力も違法行為もいとわない。それがチャンドラーのマーロウ探偵は「優しい心を鎧でくるんだ」男で、表面上はドライだが信義を重んじる人物である。それでも生活はストイックだ。

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 スペンサーは彼らに比べると、普通のスポーツマンに近い。健康的にジョギングをし、自ら料理も作る。エピキュリアンでもある。ただ、敵には容赦しない。凶悪な相手であれば、ショットガンで真っ二つに吹き飛ばしても平気である。
 
 今回ご紹介するアルバート・サムスンは、もっと一般人に近い。一度だけ人を撃ってしまって後悔している。犯罪者で、しかも肩を撃っただけなのに、二度と拳銃は持たないと言っている。離婚した元妻が養育している一人娘に手紙を書いたり、未亡人である母親のレストランで食事をしたり、子持ちのガールフレンドと出掛けたり、普通の男ヤモメのしそうなことを普通にしている。
 
 スペンサーはじめハードボイルドの主人公は、好んでお酒を飲む。ビールもジンも、もちろんウィスキーも。しかしサムスンは滅多に酒を口にしない。ストイックかというとそうではなく、コーヒーとか手づくりのオレンジジュースで十分のようだ。
 
 印象深い独白があった。「誰でも身の縮むような思いをしている。わすれることだ」として、自らリスクをとった行為をかえりみている。本当にドライな探偵なら、そんなことは思わないだろう。デビューした本作では、自分の生物学上の父親を捜してほしいと依頼してきた少女に対して、戸惑いながらも地道な捜査を始める。彼は関係者からの聞き取りよりは、図書館などでの公開情報を中心に情報を集めるが、突飛な推理をするわけではない。
 
 少女が大富豪の娘であること、奇妙な遺言が彼女の疑惑の背景にあることなどが「謎」といえばそうである。しかし、普通小説のような長い前半を読ませるテクニックはうならせるほどうまい。後半にようやく死体が出てくるが、16年前に死んでいたものであり生々しい死体ではない。
 
 血を見るのが嫌いな「心優しき探偵」アルバート・サムスン。昔見向きもしなかったミステリーだが、今読んでみると達者な筆に感心しきりである。