「本格の鬼」鮎川哲也は、中・短編として発表した作品を長編化するということをよくやっていた。決して「二度儲けてやろう」ということではなく、出版社のリクエストに対応するため新作をひねり出す時間が十分取れない時の、苦肉の策だったらしい。本書も1978年「小説宝石」に連載した中編「蠟の鶯」を加筆改題して、1979年に出版されたものだ。
作者によると、1977年が近代的なレコードが発明されて100周年にあたっていて、それを記念する作品をということで勇躍執筆したものらしい。作者のコレクターぶりはつとに有名で、切手・煙草のパッケージ・駅弁の包装紙など多岐にわたるが、何よりも情熱を傾けて集めたのがレコード板だった。
鬼貫警部の最終作品「死びとの座」でも作者のレコード趣味が溢れているが、本書では古いSPレコードが殺人の動機となるし、蠟管レコードというマニアックなものも登場する。晩年になり、作者が「思い切り書きたいものを書いた」作品だと思う。
原宿のレコード店<楽々堂>では新作レコードだけでなく、骨董に近い中古レコードも扱っていた。経営者の茨木が新作を、共同経営者の落水が中古レコードを担当していた。落水の仕事の多くは、地方も含めてレコードを鑑定し買い取ること。
今回は青森まで出張買い付けに来た彼は、函館にも珍品を売りたがっている家があるとの情報で海を渡った。そこには大量のSPレコードのほか、珍しい蠟管レコードもあった。一旦東京に戻った彼は、小切手を持って買い付けに出かけた。ジュラルミンの函4個にレコードを納め函館駅に戻った彼は、上野駅あてに函を発送したご行方不明になった。大事にカバンに詰めた蠟管レコードと共に。
数日後、上野駅に到着したジュラルミンの函を受け取った茨木達がそれを開封すると、一つから落水の首が出てきた。発送したのは落水で間違いがないし、首無しの彼が発送できるはずもない。捜査にあたる丹那刑事は、函館と東京を往復して不可能犯罪解決の糸口を探る。
レコードの記述(希少価値とか珍しい楽曲とか)が延々続き、ちょっと閉口しました。事件そのものはおどろおどろしさも中くらい、上野駅のロッカーのトリックもさほど感動はしませんでした。でも作者の「レコード愛」は、十二分に理解しましたよ。