新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

死刑囚と事件記者の一日

 「暗闇の終わり」に始まる事件記者ジョン・ウェルズが主人公の4部作については、先月から今月にかけて全てご紹介した。息子を自殺させ妻にも逃げられた記者の悩みと事件追及の情熱が、全編を貫いていた。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2020/02/23/000000

 

 この作者キース・ピータースンはウェルズものを4作で止めたが、1995年に別名アンドリュー・クラヴァン名義でウェルズより10歳ほど若い記者スティーヴン・エヴェレットが登場する本書を書いた。

 

 エヴェレットは「セントルイス・ニューズ」の記者、プロの矜持は持っているが女癖が悪く上司の妻と不倫している。そんな彼が6年前の女性店員射殺事件で死刑判決を受け、処刑が迫った男のインタビューをすることになった。

 

 死刑囚フランクはずっと無罪を訴えてきたが、再審も死刑執行延期も認められていない。妻は事件の頃に生まれて7歳となった娘を連れて面会にくるのだが、死刑執行の日はついにやってきた。

 

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 エヴェレットはインタビューに先立って6年前の事件記録を読み、フランクを有罪とした目撃者の証言や現場の状況に疑問を持つ。そして刑務所長に特別に認めてもらった死刑執行前のインタビューで、刑務所の意向を無視して「あなたは真犯人ではない」とフランクに言い、つまみ出される。さらに帰社すると上司に不倫がバレ、解雇を言い渡される。失意で帰宅すると、今度は妻が(不倫に怒って)離婚を言い出す始末。

 

 2人の主人公とも言えるフランクとエヴェレット、死刑囚は幸せな家庭を持っていたのだが冤罪で今日命を奪われようとしている。一方の記者は(自業自得だが)一日で仕事も家庭も失う危機に陥る。作者は2人の心のひだを綿密に描いてゆく。

 

 特に死刑執行の一日に起きることが、事細かに書き込まれていて、恐るべきリアリティがある。エラリー・クイーンの「Zの悲劇」で似たシーンがあるが、「死刑産業/アメリカの死刑執行マニュアル」など専門書を読みこんだ作者の筆は先輩クイーンをはるかに上回った。

 

 午前零時の死刑執行が迫る中、フランクは寝台に固定されて薬物を注入する針まで打たれる。一方のエヴェレットは家を追い出されてバーで酒浸り、しかしその時エヴェレットの脳裏にある光が差し込んできた・・・。

 

 作者の筆力は、名義が変わっても衰えることがありませんでした。この作家、まだ日本語訳されていない作品もあるようなので、精々探してみましょう。

護衛艦「ふゆづき」の海賊狩り

 本書は海上自衛隊護衛艦艦長、幹部学校教官、護衛隊司令、総監部防衛部長などを歴任した渡邉直が、ミリタリーマガジンの携帯サイトに連載していた「南海の虎ー小説海賊物語」を文庫出版したものである。時代は20xx年となっているが、登場する艦艇から見て2025~2030年頃の近未来を想定しているようだ。

 

 今も護衛艦「たかなみ」がアラビア海北部やオマーン湾で情報収集任務にあたっているが、海上自衛隊が日本近海のみで活動する時代は終わったと言っていい。アラビア海から日本までの原油シーレーンをはじめとして、日本経済の生命線を米国海軍らに任せきっておける状況ではないのだ。

 

https://nicky-akira.hatenablog.com/entry/2020/02/03/060000

 

 ソマリア沖や本書の舞台であるマラッカ海峡は、海賊が跳梁する海として知られていて、これらの海域を海上自衛隊が警戒にあたることは十分に可能性のあることだ。主人公の亀山二佐は「ふゆづき」艦長、防大出の38歳で合気道四段の猛者である。

 

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 彼は、防衛省海幕の法案作成担当者だったころに「マラッカ海峡及びその周辺海域の安全に関する特別措置法」を起草したように、この海域での海上自衛隊の責務を十分理解していた。その海域に自らが艦長として、心を通じた数名の猛者たちを引き連れて乗り込んできたわけだ。

 

 もうひとり(?)の主人公である護衛艦「ふゆづき」は、今アラビア海にいる「たかなみ」の後継艦として配備された最新鋭護衛艦である。

 

護衛艦「ふゆづき」 DD-119

 ・基準排水量 5,000トン

 ・推進力 ガスタービン、70,000馬力、速力32ノット

 ・兵装 127mm単装砲、対地対艦ミサイルSSM、

   対空対潜ミサイルVLS、魚雷発射管×6、

   20mm機関砲(CIWS?)×2、

 

 が標準装備だが、近接戦闘がおおくなるであろう海賊狩りのために13mm機銃が4基増設されている。ペナン島の仮設司令部に到着した「ふゆづき」と亀山艦長以下のクルーは、日本の自動車運搬船を乗っ取った海賊を逮捕するなど活躍し、海賊組織から「南海の虎」とあだ名されるようになる。

 

 200ページほどの短い架空戦記で、派手さはないもののリアルな海上自衛隊の日常が描かれていて興味深いものでした。

救急救命医療の現実

 本書は、海堂尊の「田口・白鳥シリーズ」の第三作。「チーム・バチスタの栄光」「ナイチゲールの沈黙」に続くもので、竹内結子阿部寛主演で映画化されたシリーズでもある。舞台は東城大学医学部付属病院、第一作で心臓外科を、第二作で小児科を扱って、本書では救急救命センターが取り上げられる。

 

 作者は現役の医師で、国立研究開発法人の放射線科に勤務しているという。恐らくは激務だろうが、そのかたわら医学ミステリーなどを執筆し、「チーム・バチスタの栄光」では「このミステリーがすごい大賞」を受賞している。

 

 大学附属病院というある意味とじられた世界で、教授をピラミッドの頂点とする権威(というか見栄)の張り合いや、医師と事務長らとの確執、さらには厚生労働省からの圧力や干渉が描かれるのが全ての作品の特徴だ。

 

 主人公の田口医師は、神経内科専任講師。血を見るのが嫌で神経内科にいるのだが、やる気はまるでない。中年の独身男で出世もしていないのだが、なぜか病院長には気に入られ「リスクマネジメント委員会」の委員長など、要職を拝命している。もうひとりの主人公白鳥は、厚労省官房秘書課の妓官。「屁理屈」をこねるのがうまく、ツラの皮が厚い。

 

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 今回の主要な舞台である救急救命センターを仕切るのは、速水センター長。田口と同期だが、出世頭であり「血まみれ将軍」のあだ名を持つやり手だ。彼は新人のころ、付近のショッピングセンターの火事で大量の患者が運び込まれた時、病院長不在をいいことに病院全部を指揮下に置きルールを無視して多くの命を救った「伝説」の医師である。

 

 そんな彼とICU(集中治療室)が業者との癒着、賄賂をとっていたとの疑惑が浮上する。内部通報と思われる告発文が送られてきたのだ。リスクマネジメント委員長の田口が問い詰めると・・・「事実だ」と速水が認め大騒ぎになる。しかし速水が主張するのは救急救命をやればやるほど経費がかさみ、虚偽のレセプトを書くくらいでは間に合わないということ。彼は一人でも多くの命を救うため、経費カットを叫ぶ事務長と争うのをやめて賄賂で赤字補填をしたという。

 

 厚労省出身の事務長、速水を潰そうと画策する教授、困惑する病院長、真実を知る師長(看護負の部門長)に田口と白鳥がからんで、重いテーマを軽妙な会話で展開していく。このシリーズは初めて読んだのですが、そこそこ面白かったです。テーマもいいし・・・でもすこし冗長ですかね。300ページに収めてくれればありがたいです。

リアルな「ちょい悪刑事」

 カッパノベルズは、正直あまりたくさん買った記憶はない。日本のものばかりであることも理由の一つだが、お値段がやや高めで1冊の体積も大きいのが問題。お値段の方は、Book-offの110円コーナーで探すのならハヤカワや創元社のものと同じになった。しかし体積(&重量)の方は変わらない。海外出張のカバンに詰め込むときも、通勤のバッグに収めるときも、できるだけコンパクトな本の方がありがたい。

 

 さらにカッパノベルズは書下ろしが多いことも、敬遠しがちな理由である。すでに出版されて評判がよく文庫版で再販されるものなら、ある程度の品質は保証される。しかし書下ろしだと、当たり外れが多いように感じるのだ。もちろん定評ある作家の新作なら、そこそこ売れることは間違いない。本書もそんな書下ろしの一冊で、作者の活動の中でも終盤にあたる時期(1989年)の発表である。

 

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 「私」は、北海道警察札幌本署の捜査三課の刑事。通常の勤務のほかに、商社の社長の私的な用事を引き受けその代わりに「小遣い」をもらうなど便宜を図ってもらっている。商社の野宮社長夫妻も、「私」の見合い相手を探してきたりその娘が金銭トラブルに巻き込まれた時も、援助したりして「私」をつなぎとめようとしている。大きな悪事を手伝わせたり、共謀するようなことではないが、小さな服務規程違反を「私」は繰り返している。

 

 野宮家にかかってくる脅迫電話やペットの毒殺について、「私」は野宮家社長の「私兵」となって独自捜査を始める。怪しげな人物がチラつくが決め手を掴めないうちに、野宮社長の愛人が不審死を遂げて「私」も捜査一課の事情聴取を受ける羽目になる。

 

 作者は多くのミステリーを見てきて、スーパーマン的刑事・正義感に貫かれた刑事・悪徳刑事など、ミステリーが取り上げる「刑事像」に疑問を持ったようだ。警官といえども人間で、弱みもあれば欲もある、処遇への不満などもあるだろう。そんな血のかよった刑事を書いてみたかったと思われる。

 

 「私」を含む何人かの刑事が出てきて、軽く呑んでの飲酒運転もすれば、証拠をちょっとだけ強化することもある。そんな「ちょい悪刑事」たちの行動様式は、とてもリアルだった。シリーズ化されたとは聞かないのですが、それは多分作者が本書で書きたかったことを全部書いてしまったからだと思います。

海兵隊員の死闘

 75年前の今日は、硫黄島の栗林兵団が組織的抵抗を終えた日である。2週間前の3月10日は東京大空襲の日で、10万人以上の市民が犠牲になっている。グァムやサイパンからのB-29だけでもこれほどの被害を受けるのだから、東京からわずか1,000kmしか離れていない硫黄島は、日本軍にとっては死守しなくてはいけない島だった。

 

 東条英機大将は、数ある将軍のうちから栗林中将を選んでこの島の防備を固めるよう指示した。中将は1944年6月に、幅4km、長さ8kmの涙滴型の島に赴任している。約2万の兵力こそあれ艦艇も航空機も払底している日本軍は、硫黄ガスの島に洞窟陣地を掘って身を隠す戦術に拠った。

 

 一方の米軍にとっても、日本にとどめを刺すためには必要な島である。この島に飛行場を確保できれば損傷してグァムまで帰れない爆撃機を収容できるし、ここからなら爆撃隊に護衛戦闘機を付けることもできる。1月末にハワイを出港したミッチャー中将の第58機動部隊は2月16日に攻撃を開始した。戦艦6、空母12を含む大艦隊である。

 

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 本書はジャーナリストのR・F・ニューカムが、膨大な公式資料や個人の手紙・日記を読み込み、生存者や遺族へのインタビューを得てまとめた「実録」である。栗林兵団は、艦砲射撃・空爆・機銃掃射を受け、ロケット弾や重砲、戦車などの支援を受けた米軍に、洞窟陣地に立てこもり夜襲を繰り返して抵抗した。

 

 攻撃の主力となったのは海兵隊。水陸両用の精鋭部隊だが、それでも日本軍の抵抗には手を焼いた。結果として2万人余の日本軍将兵のほとんどは戦死したものの、米軍も戦死(KIAとMIA)約7,000、戦傷約20,000、加えて3,000近い戦線離脱者(精神異常や極度の疲労)を出した。

 

 海兵隊の死闘は伝説にもなっていて、何度も映画化された。ジョン・ウェイン主演の「硫黄島の砂」という映画を覚えている。先日見たNCISのビデオに、硫黄島で戦った古参兵が「戦友を殺した」と訴えてくる事件を扱ったものがあった。リーダーのギブス捜査官も海兵隊の狙撃手上がり。ラストシーンは古参兵とギブス捜査官が老寿司職人の握る寿司をつまみ、日本酒で乾杯して「センパー・ファイ」と声を合わせる印象的なものでしたよ。