新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

三枚のベリル・クックの絵

 本書(1998年発表)は以前「容疑者たちの事情」を紹介した、ジェイニー・ボライソーコーンウォールミステリーの第二作。画家兼写真家のアクティブな未亡人ローズが、また殺人事件に巻き込まれる。前作以上にローカル色が強く、ほとんどの登場人物がコーンウォール州生まれのコーンウォール人。例外が20歳のころやってきて居付いてしまったローズである。彼女自身も亡き夫デイビッドから、「コーンウォール人以上に第六感が働く」と褒められたくらいのコーンウォールっ子である。

 

 ロンドンから列車終点のペンザンスまでは491km、インターシティでも5時間以上かかる。前回ローズはロンドンまで捜査(!)に出かけたのだが、今回はプリマスまでしか出かけなかった。それでもペンザンスからの距離は130kmあまり、東京~新富士くらい離れている。プリマスはイギリス南西部の港町、軍港としても知られ本書でも第二次世界大戦の空襲痕の話が出てくる。

 

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 ローズが親しくしている70歳代のドロシーは、結婚以来住んでいる自宅で一人暮らし。二人の息子がいて長男は隣町で鉄道の車掌をしている。妻も子供たちもいるのだが妻が吝嗇でドロシーの財産ばかり狙うと、彼女は嫌っている。次男はやや精神薄弱気味で職に就いたことがなく、近くでトレーラーハウスに住んでいる。

 

 ドロシーは(この田舎では)そこそこの資産家、ローズが鑑定したところかなりの値がつくベリル・クックの絵を保有してもいる。近所にはかつてドロシーに恋した農夫やプリマスからやってきた雑貨商兄妹が住んでいて、ドロシーは次男を可愛がりながらつつましやかに暮らしていた。ところがある日ローズが訪ねると、次男がドロシーの死体を抱えて泣いていた。ピアース警部は自殺だというが、ローズは信じない。そこで再び素人探偵が始まるのだ。

 

 前作から1年ちょっと経っていて季節は秋、ローズがスケッチに出かけるペンザンス近くの海岸風景は美しい。前作で親密になりかけたローズとピアース警部のアラフィフカップルの仲は、なかなか進展しない。しっかりものの老女ドロシーと幼な馴染みの農夫のアラセブンの交流も含め、人生100年を応援するようなストーリーだ。

 

 随所に出てくる英国政府の福利政策・地域活性化政策なども参考になるシリーズです。謎解きというより、田舎町の風情を楽しむシリーズで、あと1冊買ってあります。

コロンボ警部の犯人捜し

 ロス・アンジェルス市警のコロンボ警部、殺人課所属だから殺人犯人を捜すのは当たり前のこと。しかしいつも彼は「捜し」てはいない。多くの事件で現場にあのボロ車(プジョーらしい)で現れた時は、すでに犯人の目星がついているように見える。まあ読者/視聴者は、ドラマの最初に登場する犯人を知り犯行を目撃しているのだから、そう思ってしまうのだが。

 

 ところが大変珍しいことに、本書ではコロンボ警部と部下のクレーマー刑事、マック刑事は、「誰が殺したのか」真剣に議論することになる。シリーズの中で、ほぼ唯一「本格ミステリー」となったのが本書である。

 

 引退した海軍のスワンソン提督は、海が大好き。ヨットを自分で作り操り、頭を整理したくなると真夜中に一人でヨットで海に出る。造船所のオーナーでありヨットのビジネスをする会社を持っているが、社長職は娘ジョアンナの夫チャールズに譲っても実験は握ったまま。造船所長のテイラーとは長い付き合いだ。

 

 今日は会社のお客様を招いてのパーティ、チャールズが仕切っているのだがジョアンナは酒浸り、遊び人の甥スワニーも老提督のお金を頼ってやってきてピアノを弾いている。しかし和やかなパーティの裏側では、顧問弁護士のケタリングにも知らされないまま提督が会社を売りに出し、ジョアンナを相続人としていた遺言書の書き換えを進めていた。

 

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 深夜オフィスでは、提督が撲殺されていた。現場にはジョアンナの口紅やブローチが散乱している。チャールズは現場を偽装し、自ら提督に成りすましてヨットで海に出て提督の死体を捨てる。提督の行方不明事件になぜか殺人課のチームが投入されて、コロンボ警部はいつものように目星をつけたチャールズにまとわりつく。

 

 チャールズは偽装工作を暴かれ徐々に追いつめられるのだが、ここから読者は翻弄されることになる。チャールズ自身が「真犯人」に射殺されてしまったのだ。物語は突然「本格ミステリー」に転化する。

 

 「やればできるじゃん」というのが正直な思いである。最後に、上記の容疑者たちを一堂に集めてコロンボ警部の「謎解き」が始まる。小道具としてのアナグラムも出てくるし、懐中時計のトリックもあって「ケレン味たっぷり」のコロンボ警部を味わうこともできる。作者はいつものW.リンク&R.レビンソンなのだが、作者たちが本格ミステリーに挑戦したことに拍手を送りたいです。

汎用AIが登場した後の経済政策

 AI(人工知能)は技術として急速な発展を見せている。かつてチェッカーやチェスではコンピュータが人間のプロに勝てても、将棋ましてや囲碁では難しいとされていたが、今は最難関のゲーム囲碁でのプロ棋士がAIに負け、囲碁界に「AIブーム」を巻き起こしている。

 

 実体経済の中でも囲碁AIのような「特化型AI」の研究開発から実用化は進んでいて、いろいろな分野での生産性向上は成されている。しかし今研究者が本腰を入れているのは、人間と同じかそれ以上の働きをする「汎用AI」。「特化型AI」は入り口か練習問題に過ぎず、こちらが本命だと考える研究者がほとんどである。

 

 「汎用AI」の一応の完成は2030年ごろと予想されているが、そうなれば生産性向上だけではなく、人間の労働の対部分を代替えし経済構造を変革すると見られている。これまでの機械化や自動化によって、肉体労働者が頭脳労働者に代わっていったよりも、もっと大きな変革になると筆者は言う。筆者(井上智洋准教授)はAI技術者ではなくマクロ経済学者、本書は技術によって変革される社会とその中で人間が人間らしく生きられるような制度を考え本書で提案している。

 

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 本書にある試算では、2030年から始まった汎用AIとロボット導入による「第四次産業革命」は2045年までに普及が終わり、多くの人間の仕事を代替えするようになる。もちろん創造的な仕事や大局のマネジメントなどに携わる人は仕事を続けるが、それは全人口の10%で十分と考えられる。

 

 社会全体がそうなった時、一部の人だけが豊かになって大多数は失業し貧困にあえぐディストピアになるリスクがある。これを、全ての人が働かなくても人生をエンジョイできるユートピアに変えるにはというのが、経済学者たる筆者のテーマ。答えは「COVID-19」騒ぎでも諸国で検討されたというベーシック・インカム(BI)である。

 

 「お金を刷れ、みんなに配れ、まず100兆円、つづいて100兆円」と主張した政党もあったが、それではハイパーインフレを招くと批判した識者も多い。筆者の提案は、

 

・すべての人に7万円/月の給付、必要な予算は年間100兆円ほど

・うち36兆円は生活保護等の廃止で、残り64兆円を所得増税で賄う

 

 というもの。国境を越える富の移動に言及していないなど悩みどころはあるのですが、ひとつの見識だと思われます。AIと並んでBIの議論、これから勉強が要りますね。

英国で一番有名な探偵

 本書は、先月「別室3号館の男」を紹介したコリン・デクスターのモース警部ものの1冊である。かの記事では英国人が「日本人もツウだな」と評したことを紹介しているが、日本での評判と英国での評価には乖離があるようだ。

 

 本書の解説に、英国の雑誌<ミリオン>が英国推理作家協会の65名にアンケートを取った人気探偵ベスト15が載っている。

 

1位 モース主任警部

2位 シャーロック・ホームズ

3位 ピーター・ウィムジー

4位 フィリップ・マーロウ

5位 アルバート・キャンピオン

6位 ダルジール&パスコー

7位 エルキュール・ポワロ

8位 ネロ・ウルフ

9位 アダム・ダルグリッシュ

10位 ゴーテ警部 ・・・以下略

 

 全く驚くべき結果で、アメリカ人はマーロウとウルフしか入っていないのは仕方ないとして、ポアロはもちろんピーター卿やホームズを抑えてモース警部が首位なのだ。本書ではそのモース主任警部が、「時の娘」ばりに130年前の事件に挑む。

 

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 独り者のモース警部は、長年の酒・タバコ・不摂生がたたって血を吐いて倒れる。担ぎ込まれた病院で「胃潰瘍」と診断されるが、入院中同じ病室で亡くなった歴史家の遺稿「オックスフォード運河の殺人」を読んで、ベッドデテクティブを始める。

 

 1859年当時、郊外からロンドンへの重要な輸送路だったオックスフォード運河で38歳の女ジョアンナが死体となって浮いていた。彼女は貨客船「バーバラ・ブレイ号」の先客として運河を下ってきたのだが、ある日行方不明になったのだ。容疑は船の船長・船員4名にかかり、裁判の結果2人が死刑、1人がオーストラリアに「遠島」になる。

 

 ジョアンナの最初の夫だった奇術師の死から二人目の夫のロンドンでの生活、夫のもとに向かうジョアンナの周りでおきた小さな事件・・・これらを読み込んでモースは船員たちは冤罪だと感じる。徐々に回復したモースは、最初は見舞いに来た部下の刑事や知り合った図書館員の娘に過去の情報収集を任せ、退院するとみずから運河からアイルランドまで足を延ばして真実を追求する。

 

 何度か英国推理協会賞のシルバーダガー賞を取っていた作者だが、本書でゴールドダガー賞を手にした。それにふさわしい重厚なタッチの捜査と意外な真実を盛り込んだ力作でした。作者の日本での評価、もっと上がるべきだと改めて思いました。

ありったけの航空支援

 「アメリカン・スナイパー」は、イラクで多くの敵兵やゲリラを仕留めた伝説の狙撃兵クリス・カイルの自伝である。クリント・イーストウッド監督で映画化もされたのだが、この本の共著者がスコット・マキューエン。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/06/30/000000

 

 彼の本職は法廷弁護士だが、狩猟用ライフルを使った長距離射撃も得意だという。そんな彼がトマス・コールネーという元警官と書いたのが本書である。題名通りクリス・カイルを思わせる超人的スナイパーがアフガニスタンでの「Mission Impossible」に挑む物語だ。

 

 米軍のヘリパイロットであるサンドラ准尉は、アフガニスタンでゲリラ部隊に誘拐されてしまう。ゲリラの指導者コヒスタニは彼女をわびしい寒村に幽閉し、暴行を加え拷問するさまをビデオに収める。目的は米国政府から身代金を取ること。映像を送られた米軍は身代金を持たせた救出チームを送るが、コヒスタニの姦計にはまって作戦は失敗する。

 

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 一方天才的なスナイパーであるギルは、サンドラの夫を含めて彼女を知る何人かの士官や兵士を集めて彼女の救出作戦を私的に決行しようとする。何百人という敵の中にわずかな人数で潜入したギルたちの独走は大統領の知るところとなり大統領は一旦彼らを見捨てるのだが、サンドラ救出の目が出てくるや(間近に迫った大統領選挙もあって)中東域の全航空戦力で彼らを支援、助け出せと命ずる。

 

 まず、ギルたちスナイパーのタフネスさがすごい。伏射姿勢で敵に撃たれ肩から入った弾丸が尻から抜けても、平然と敵の狙撃兵の脳天を打ち抜く。脚を複雑骨折して馬の死骸の下敷きになっても、狙撃を止めない。まるでターミネーターのようだ。

 

 さらに航空支援もすさまじい。サンドラの夫ブラッグス大尉が操縦するC-130Jスペクターは、25mmヴァルカン砲、40mm機関砲に加え105mm榴弾砲をつんだ空飛ぶ戦車。ゲリラたちを根こそぎ吹き飛ばしてしまう。F-15A-10にB-52、B-1Bまで登場して一人の女性パイロットを救おうとするのだ。

 

 550ページは圧倒的なスピード感ですぐに読めてしまったのだが、ゲリラたちが可哀そうになるくらいの米軍の恐ろしさである。前半思い切りゲリラたちを悪く書いてあるのだが、そうしないと後半の戦闘シーンが読者に受け入れてもらえなかったかもしれません。